村田京子のホームページ – blog

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IMG_473411月も半ばとなり、秋の奈良公園を散策してきました。まずは、近鉄奈良駅近く(IMG_4735奈良女子大学の近く)のフレンチレストラン「フォルム・ド・エテルニテ」でランチ。ランチとしては少し贅沢なコースですが、非常に満足のいくものでした。まず、前菜は「じんたん」のエスカベッシュ(左写真)。「じんたん」とはハタハタのことで、それを油で揚げて南蛮漬けにしたようなものに、新鮮なスプラウトが載っていました。下の見せ皿も美しく(フランス製で、「中国の花」を描いたもの)、食欲を誘います。次に、「秋鮭と赤いかのタルタル」(右写真)。赤鮭と、いかの白身、さらに赤いイクラがこのIMG_4737下に入っていて、非IMG_4736常に美味でした(イクラが特に絶品!歯ごたえが柔らかく、鮭もいかも生なのに全く臭みのないものでした)。次の「鳥取・日本海の鰆 ナージュ仕立て」(左写真)は、魚のスープにポワレにした鰆が入っていて小さな大根のように見えるのは、奈良産のカブとのこと。肉料理は「奈良県産・黒鶏プレノワール」(右写真)。この料理はこのレストランでは定番として出てくるもので、フランス産のプレ・ノワール(羽が黒い)を奈良で育てたもので、60度の低温調理でゆっくり焼いたもの。非常に柔らかい肉となっIMG_4739ていました。野菜の付け合わせの安納芋や、菊芋のソースなど、奈良産の野菜をたっぷり使ったものでした。デザートのモンブラン(写真:器は錫の器で、ずっしりと重たいもの)も甘すぎない繊細な味で非常においしかったです(立ててあるチュイルも同じくC’est si bon!)。

s-IMG_4744食事の後、寒さが少し増してきた奈良公園をぶらぶら散歩。東大寺周辺(写真)は、多少観光客が戻ってきていますが、これまでのように人でごった返す混雑はなく、小学生たちの小グループの見学が目立ったほどでした。紅葉はまだそれほど進IMG_4748IMG_4752んでいませんでしたが、東大寺の裏側の大きな銀杏の木(写真)はすっかり黄色に染まっていました。あとは赤く染まっているもみじの木(写真)が所々見受けられたくらいです。鹿たちものんびり草地に座って秋を楽しんでいるようでした。木々が紅葉するのは11月末くらいでしょうか。また来てみたいと思いました。

 

Written on 11月 11th, 2020

長年、大阪女子大学、大阪府立大学で行ってきた授業公開講座や講演会などに参加頂いた聴講生のなかでもコアの方々と、久しぶりにお目にかかりました。昨年12月に女性学講演会を開催して以来、9か月ぶり(場合によれば、それ以上)にお会いした方もあり、本当になつかしい気持ちで一杯になりました。大阪の阪急デパート最上階のイタリアレストランでランチを一緒にしましたが、総勢19名となりました(皆さん、口に食べ物を入れる時以外、話をする時はマスクをつけて、なるべく大声を出さないように気をつけておられました)。コロナ禍の中で少し心配でしたが、皆さん、とてもお元気で趣味や教養など、すでに活動を開始されている方が多くs-IMG_4732、3か月以上完全にステイホームで弛緩状態にあった私にとって、大いに励みになりました。久しぶりに出てきた大阪ですが、だいぶ人が戻ってきて、デパート、特に食料品売り場は賑わっていました。早く昔のような活気が戻り、マスクをつけないで歩けるような日が来ることを願っています。写真は、ランチ会に最後まで残っておられた方々と撮った記念写真(秋晴れの天気のもと、まぶしい太陽の光に眼をしばつかせながら、写真を撮ってもらいました)です。12時から3時間余り、皆さんといろいろお話ができて本当に楽しいひと時でした。

Written on 10月 16th, 2020

go toトラベルで久しぶりに有馬温泉へ。「欽山」という老舗旅館で泊まりました。コロナ予防ということで、入り口での検温だけではなく、DSC_0250食事は個別に部屋で、さらにスリッパも使い捨てスリッパ。それぞれのスリッパに名前を書いて大浴場に行くときも、脱衣場の棚に自分のスリッパを置く形になっていDSC_0238ました。旅館もコロナ対策、なかなか大変なようです。go to キャンペーンで観光客も少しずつ戻っていているようですが、やはり前来た時に比べると、温泉街を歩く人も少ないようです。ただ、客としてはゆっくり観光地を回れるのでいいのですが。。。夕食はまず見た目もきれいな前菜(左写真:大間もずくや鱧のお寿司、子芋雲丹焼など)。お酒は日本酒のシャンパンを頼みました。IMG_4679次がやはり、秋の味覚、松茸の土瓶蒸し。お造り(右写真)は鯛と、戻り鰹の藁炙り(鯛のお造りの下にひいている葉っぱも秋らしい!)。鰹の味が絶品で、口元にもっていくと、炙った香ばしい香りにうっとりし、歯ごたえも十分。炊き合わせはずわい蟹入り湯葉に冬瓜。冬DSC_0254瓜がとろとろの柔らかさで湯葉と絶妙な組み合わせでした。焼き物は子持ち鮎柚香焼き(左写真)。原木シイタケに袱紗玉子が付け合わせ。肉は黒毛和牛の蒸籠蒸し。ご飯は松茸、シメジ、エリンギの入った秋茸ご飯(右写真:小さなひょうたんの漬物が見た目にも可愛い)。まさに秋のごちそうとなりました。温泉は透明な湯と、茶色く濁った金泉の二つで、どちらもしっとりと肌になじみ、体の芯から温まります。食事の前と寝る前に2回入り、翌朝は起きてすぐに露天風呂へ。旅の疲れがすっかり取れました。

Written on 10月 12th, 2020

DSC_0161コロナ禍で半年間、ステイホーム状態でしたが、go to トラベルが始まったこともあり、IMG_4637有馬温泉に家族で一泊することにしました。ちょうどこの時期、六甲ミーツ・アートが開催されているので、それぞれの展示会場を2日にかけてゆっくり回りました。まずは、ケーブルカーで六甲山上駅まで行き、天覧台から神戸を展望(左写真)。秋晴れのいい天気で、神戸空港、さらに関空も遠くにみることができました。ここにもアートが展示されていました(右写真)。中村萌さんというアーティストのもので、ロシア人形に似た少年少女像が、他のところでも見られました(写真)。少し無表情ですが、よく見ると味わいのある顔つきです。次に山上バスに乗って記念碑台へ。ここには巨大な蟻に似たオブジェが置いてありました。そこから数分歩いた所にあるのが、六甲山サイレンスリゾート(旧六甲山ホテルを建築家ミケーレ・デ・ルッキが修復した建物)で、館内にはゆったりと座れるソファのある素敵なロビーや、おしゃれなカフェテリア、子どもが喜びそうなキッズルーム、アートギャラリーがあり、特に金属で作った大きなサイ(写真)に圧倒されました。1日目最後は、六甲オルゴールミュージアムで、広い庭IMG_4657園の中にも面白いアート作品が散りばめられていました(特に面白かったのは、木で作った鳥IMG_4647で、手で鳥を触ると音が出て、体の部分によって違う音が出る、というもの。風が吹いてもきれいなメロディが奏でられ、非常にポエティックでした)。館内では特別展として日本人のからくり人形師ムットーニのオルゴールシアターが開催されていて、さっそく予約して見ました。特に、息子に父親がロケットを見せるという人形劇が素晴らしく、箱の中のロケットが外に飛び出して宇宙に飛び立つ場面(ポスター)が壮大で、オルゴールの音楽ともぴったりあっていて、美しい光景にすっかり見とれてムットーニしまいました。

2日目は有馬温泉ロープウェイで頂上へ。ロープウェイ駅でもアート作品がIMG_4686置かれていましたが、遊園地で見かけるぬいぐるみを使ってIMG_4690の展示(左写真)で、座っているぬいぐるみは人が中に入っているかのような感じで、ノスタルジーを誘います。次にバスで六甲高山植物園へ。高山植物や六甲山の自生植物約1500種が栽培されていて、ここにも様々なアート作品がありましたが、中には不気味なものも(右写真)。次にガーデンテラスに行き、有名な六甲枝垂れへ(写真:秋のイワIMG_4698IMG_4711シ雲を背景にした建物は絵になります)。ガーデンテラスのあたりにもガウディの作品を彷彿とさせDSC_0374る動物のオブジェも(写真)あり、子どもたちがそれに乗って喜んでいました。最後に安藤忠雄が設計した風の教会へ。コンクリートの打ちっぱなしのシンプルな教会(右写真)でした。近くの六甲スカイヴィラにも寄りました。廃墟となった5階建てのホテルをアーティストたちが改造したもので、それぞれs-DSC_0415の部屋に展示品が置かれ、ユニークな作品ばかりで面白かったです(左写真は入り口)。1階にはメルヘンのような絵(右DSC_0425写真)もあり、楽しい気持ちになりました。2日間、階段や急勾配の道を上がり降りしたり、歩き回ったので結構疲れましたが、お天気にも恵まれ、久しぶりに自然に触れて楽しいひと時を過ごすことができました。

Written on 10月 12th, 2020

IMG_0001先日、3か月ぶりに大阪まで出かけ、天王寺の大阪市立美術館に美術展を見に行ってきました(ポスター)。これまで巣ごもり生活を続けてきたので、春からいつの間にか初夏に変わっていて、今年は季節感がないまま時が過ぎてしまったという印象です。美術館内では、まずサーモスタットで体温を測った後、入館。すでに自粛明けだったので、来訪者は混雑するほどではないにしても、762px-WatteauLes_Fetesvenitiennesかなりの数の人が来ていました。この美術展は、17世紀~19世紀フランスの絵画ということで、17世紀は古典主義の二コラ・プッサンやシャルル・ブラン(王立美術アカデミーの創設者)、ロマン主義の先駆けとされるクロード・ロランの風景画が展示され、18世紀はロココ美術を代表するヴァトーやブーシェ、シャルダンの絵が展示されていました。「フェット・ギャラント(雅な宴)」の画家と呼ばれるヴァトーの絵画は、男女の恋の駆け引きを描いた絵《ヴェネチアの宴》(右図)などが数枚きていました。ヴァトーの絵に描かれている女性の服装は「ヴァトー・プリーツ(襞)」(肩から裾にかけての美しい襞)と呼ばれて、18世紀だけではなく19世紀後半にも多くのオートクチュールが真似たスタイルとなっています。あと、「マリー・アントワネットの画家」と呼ばれた18世紀の女性画家ヴィジェ・ルブランの肖像画は、見逃せないでしょう。今回はマリー・アントワネットの肖像画はありませんでしたが、王妃の友人(悪友)のポリニャック公爵夫人の肖像画(ポスターの絵)が来ていました。ポリニャック夫人は、豪奢な生活に飽きて、トリアノンで羊飼いの女性の姿で遊んだマリー・アントワネットと同様に、シュミーズドレスに麦わら帽子という素朴な出で立ちで描かれています。最後に19世紀の絵画としては、新古典主義のジロデやアングル、ロマン主義のジェリコー、19世紀後半のアカデミー派のカバネルやブグローの絵画が展示されていました。コロナ禍のせいで来なかった絵画もあるようで、展示数は少な目でしたが、その分、ゆっくり回ることができました。

IMG_4615昼食はアベノハルカスの「エオ」で、フランス料理を頂きました。IMG_4616新玉ねぎのスープ(左写真:上に焦がし玉ねぎが乗っている)に、牛肉(ランプ肉)を低温調理したもの(右写真)に野菜の付け合わせ(肉は本当に柔らかいものでした!)、デザート(蜂蜜入りアイスクリーIMG_4621ム)。デザートもおいしかったですが、コーヒーと一緒に出た小菓子(写真:ミニマカロン、カヌレ、チョコ)が絶品でした。レストランでの食事も3か月ぶりで、久しぶりにおいしい料理を堪能しました。

Written on 7月 3rd, 2020

花IMG_46143月末に大阪府立大学を退職しました。ただ、コロナウィルス関連で、送別会などの行事はすべて中止(最終講義は7月末に延期)で、3月31日の辞令交付式も、学長と退職教員、研究科長など少数の人たちだけが集まり、学術交流会館の大きな広間で天井までの窓は開けっぱなし(いわば吹きさらし)の中で、それぞれ1メートル以上の間隔をあけて立つ、という寂しいものでした。このご時世、仕方ありませんが。それでも式の後、研究科長、支援室の皆さんから大きな花束を頂きました(写真の花瓶に入っているのがその花の一部)。また、今年無事に博士論文を提出した教え子からも、お花が届きました(花籠)。目下、家じゅうがお花のいい香りが漂っていて気持ちが安らぎます。

IMG_4606「不急不要の外出は避けるように」ということで、ほとんど家に蟄居している毎日ですが、今日はお天気がいいので散歩がてら、近所の桜を見に行きました(写真)。疎水沿いに桜並木が続き、毎年変わらぬ桜を見ると、来年はもう少し穏やかな気持ちで散歩ができればいいなと思っています。コロナ感染が早く終息することを祈っています。

Written on 4月 7th, 2020

シンポジウム1月12日に慶應義塾大学日吉キャンパスで開催された、リアリズム文学研究会主催の公開シンポジウム「交通と文学 鉄道の時代としての19世紀」(ポスター参照)に参加しました。今回はイギリス文学、スペイン文学、ロシア文学の研究者による発表で、産業革命が生みだした文明の新しい利器である鉄道が文学作品にどのような影響を与えたのかを探るものでした。

まず、木島菜菜子氏が「ディケンズと鉄道再考―魅力、幻影、恐怖」というタイトルで登壇されました。主にディケンズの『ドンビー父子』を取り上げ、跡取り息子を亡くしたドンビー氏が傷心の鉄道旅をする物語で、そこで描かれる鉄道は醜く破壊的な「怪物」として捉えられていること、またこれまでの乗り物(馬車)にないスピードによって、乗客は時と場所が混乱し、幻影(ファンタスマゴリア)を抱く、というもの。鉄道が人々の賛嘆と反発、憧れと恐怖の的という矛盾した要素を持っていることがディケンズの小説でも見出せること。また、『ドンビー父子』で描かれる鉄道が「死」の象徴でもあり、「幻影」を掻き立てるというよりも、鉄道バブルの崩壊を喚起させる無慈悲な現実を当時の読者に思いこさせる、という興味深い指摘もありました。

次の大楠栄三氏の発表「鉄道と風景―1868年世代のスペイン小説において」では、1868年世代のスペインの作家たちが小説の中で、鉄道をどのように描いているのか、探るものでした。まずスペイン鉄道史の簡単な説明がありましたが、スペインはイギリス、フランスに続き世界第3位の鉄道敷設率を誇っていたとか。大楠氏は、40作にのぼる小説の中で、「汽車」「駅」「車窓の風景」が描かれているかどうかで、星をつけ、2つ星または3つ星の作品を取り上げて説明されました。最初に出てくるのは1858年の新聞に掲載された鉄道ルポ記事で、ルポというよりも非常に詩的でリアル感に欠けていること、1864年の鉄道小説は、スピード感があり、動く風景が描かれているが、架空の鉄道旅であったこと、それは当時の時刻表などと照合すればわかる、というのが面白かったです。1880年代の小説になると、リアル感がまし、列車が通過する駅の名前が克明に羅列されていること、そして列車に乗り間違えたこと(または乗り遅れたこと)が引き金となって物語が展開する点が、馬車とは違う鉄道ならではの特徴であること。それはさらに、現在の推理小説にもあるような、時刻表を使った殺人事件にもつながるわけです。それと同時に、曲がりくねった鉄路を行く車両はしばしば「蛇」に喩えられていて、他の国の文学とも共通する点だと言えます。スペインの地図や時刻表などを駆使した楽しいご発表でした。

最後に乗松享平氏が「私的なものの侵犯=生成―トルストイと鉄道をめぐって」というタイトルの発表をされ、1860年~1870年代がロシアにおける第1次鉄道建設ブームにあたり、それはドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフという三人の巨匠を生み出したロシア文学の黄金時代と重なるとのこと。その中でトルストイの『アンナ・カレーニナ』は、映画などでもお馴染みのように、人妻のアンナが恋人のヴロンスキーと出会うのが鉄道事故によってであり、最後の場面が彼女の鉄道への飛び込み自殺で終わる、と鉄道が物語に大きな役割を果たしています。そこでは鉄道は「近代化の否定的象徴」として描かれ、さらに鉄道は、「風景からの孤立」「他の乗客からの孤立」を引き起こすというもの。ただ、『クロイツェル・ソナタ』では逆に、列車の中で濃い茶を飲むことで茶が麻薬代わりとなり、神経を興奮させて自己制御を失わせ、見ず知らずの乗客に私的な告白(市民的公共性の崩壊)をしてしまう、という指摘も興味深いものでした。特に印象に残ったのは、トルストイが最後の家出で病に倒れた時、押し寄せてくるメディアが彼の体温や脈拍、食欲など彼の身体的な症状を逐一漏らさずに発表し、作家の「私」が身体的なものに還元されてしまったというお話、さらにこうした詳細が報じられたのは、トルストイが鉄道を使って家出したことによる(鉄道は情報網の宝庫)―車での逃避行ならまた違っていただろう―というお話でした。

3人のご発表のあと、コメンテーターの小倉孝誠氏がフランス文学と鉄道の表象についてお話されましたが、小倉氏が指摘されているように、イギリス、スペイン、ロシア、フランスと国は違っても、鉄道が登場することによって、速度の認識が変わり、あまりに早くに目的地に着くために「空間の抹殺」が行われたこと、鉄道が「怪物」「蛇」など有機物に喩えられていること、個室(コンパートメント)=「密室空間」に閉ざされた乗客の恐怖、さらに鉄道が登場することで様々な階級の人間が一堂に会することになったこと(特に駅における匿名の群衆)など、共通点が多いと思います。さらに、もう一人のコメンテーターの奥山裕介氏はデンマークにおける鉄道ということで、デンマーク特有の「駅」の町についてのお話と、アンデルセンの鉄道への楽観的な認識(科学と芸術の調和を謳う)の紹介がありました。その後の全体討議でも、文学作品における馬車の旅と鉄道の旅の違いや、鉄道がもたらす身体的感覚について、など様々な質疑応答があって5時間に及ぶ長丁場となりました。特に、19世紀における様々な国における鉄道の受容や影響、その共通点や違いがわかり、非常に有意義な一日を過ごすことができました(参加者約50名)。 (リアリズム研究会報告:会報(1号)

Written on 1月 14th, 2020

信州大学で開催されたシャンソン研究会に行ってきました。12月の松本は少し底冷えがしましたが、お天気は快晴。昼頃に松本駅に着いたので、駅から10分くらい歩いて人気のそば屋さん(よし田)へ。さすが、人気だけあって、長蛇の列でしたが、何とか20分くらいで店に入れました。私は天ぷらそばを頼みましたが、そばは喉越しが良く、おつゆもあっさりして、そこに海老天ぷらなどを入れて食べるというもの。冷えた体もすっかり温まりました。シャンソン研究会、今回は恒例の高岡先生の発表から始まりました。発表は「移民の子としてのサルヴァトール・アダモ」というタイトルで、幼い時にイタリアからベルギーに移り、「移民」として生きてきたアダモが、ベルギー在住70年たってもイタリア国籍であった(ベルギーでは名誉市民など、数々の栄誉を与えられていたにも関わらず)のが、最近、ベルギー国籍を取ったそうで、なぜ今なのか、今までなぜベルギー国籍を取らなかったのか、という話をされました。一つはイタリア人の両親を慮ってイタリア国籍のままでいたようで、両親を歌った Les heures bleuesという曲を聞かせてくれました。「青い宵闇の時」というタイトルですが、普通「ブルー」というと、「憂鬱」といったイメージがありますが、この曲は母親の「青い」眼、「青い空」の「青」で幸せな「青」ということです。そして、なぜベルギー国籍を取ったのか、というのは現在の「難民問題」に関連していて、自分たちを「難民」ではなく「移民」として受け入れてくれたベルギーへの感謝のため、ということだそうです。ただ、「移民 (Migrant)」という曲の歌詞は、「移民」と「難民」が混同されているのでは、という疑義が会場からなされました。アダモとしては、人道的問題に声を上げているのですが、少し誤解されやすい曲のようです。

次に米金先生による、日本におけるシャンソン教室でのアンケート調査の紹介(クラスの生徒の年齢、人気のシャンソンや歌手、日本語で歌うのか、フランス語で歌うのか、など)がありました。なかなか興味深い発表でしたが、シャンソン教室の生徒さんたちは60歳以上の人が多く(越路吹雪が人気の歌手として3位、の世代)、今後のシャンソン教室がどう変わっていくのか、さらには存続するのか、が課題なように思えました。sIMG_06233番目は寺本先生の映画とシャンソンということで、『クレーヴの奥方』を現代に移し替えた映画『美しいひと』(クリストフ・オノレ監督)の中で、教室で女子高生と男の教員との眼差しの交差と、バックで流れるマリア・カラスのオペラの歌声とのオーバーラップ、その意味を問う面白い発表でした。最後に、ハルオさんが、アイドルと芸術家の違いはどこにあるのか、シングル盤とアルバムの売り上げ枚数で計る、という斬新なもので統計を駆使した話で、興味深いものでした(写真:ハルオさんの発表の時に司会を務めました)。

sIMG_4547sIMG_4548会の後は、信州大学からも近い浅間温泉に宿(界 松本)を取り、時間が遅くなったので、温泉に入るまえに夕食。先付け(牛しぐれの蕎麦の実いなり)の後、「土瓶蒸し」(左写真)が出ました。甘鯛に海老、松茸に白麗茸などキノコ類。今年最後(?)となる松茸をおいしく頂きました。次に「宝楽盛り」(右写真)は見た目も可愛い手毬の形の器で、三段になっており、八寸にお造り、酢の物が入っていました。「お造り」は鮭にカンパチ(左写真)。酢の物は鱒の土佐酢あえ(さすがに鱒は全く生臭くなく、土佐酢と合っていました)。「揚げもの」は白魚、野菜天ぷら、蓋物(右写真)は「茄子と鶏そぼろの博多蒸し」(写真)、「博多sIMG_4552帯」の模様に似ているので「博多蒸し」というそうです。最後に土鍋ごはんは、「紅葉鯛の割り地焼き」(写真)で、それまで十分食べておsIMG_4555腹一杯だったにも関わらず、鯛ご飯をおいしく頂sIMG_4557きました。食後、少し休憩して温泉に。無色無臭のお湯で、露天風呂は信州名物「りんご風呂」となっていました。部屋にも小さな露天風呂(写真)がついていましたが、残念ながら部屋のお風呂には入れずじまいになってしまいました。12月になると仕事がいろいろたまってきて、疲れ気味ですが、温泉に入ってリフレッシュすることがでsIMG_4560きました。

Written on 12月 8th, 2019

シンポジウムsIMG_4528奈良女子大学で国際シンポジウム「女性・文学・歴史」が開催され、参加してきました(ポスター)。本シンポジウムは、文学史において、「女性」がどのような位置を占めてきたのかを、フランス、日本、中国において探る試みで、三人の先生が講演されました。まず、リール大学教授マルチーヌ・リード先生(右写真)が、現在でも広く参照されるランソンの『フランス文学史』(1895)を取り上げ、この本が19世紀末の女性嫌悪(ミソジニー)の傾向を持ち、女性作家のほとんどが彼の文学史から排除された経緯を話されました。こうした傾向は20世紀まで続きますが、1970年代に始まった女性解放運動によって、女性作家の見直しが起こります。ただ、いまだその途上にあり、リード先生たちは現在、フランスとアメリカの大学の研究者たちと、中世から現在までの女性による文学的営みの全体像を総括する女性文学史を編さんし、来年3月に刊行予定だそうです(1000頁に及び大著のなるそうです)。次に名古屋大学教授、飯田祐子先生が近代日本における「女流作家」というカテゴリーについて話されました。和歌は古来、女性に適しているとされ、その伝統は与謝野晶子まで続くわけですが、「女流小説家」の評価はあまり高くなかったそうです。面白いのは、女性作家が脚光を浴びるのは①日清戦争直後、②日露戦争直後、③関東大震災直後、④日中戦争開戦直後だそうで、言わば、これまでの価値観が崩れる時だということ。戦争で男性がいない、ということも関連しているのでしょう。フランスでも同じですが、こうした女性作家たちは「女らしさ」の範疇から外れて男性化したとみられたようです。最後に、放送大学客員教授、白水紀子先生が中国について話をされました。中国の古典文学史には女性作家が存在していたにも関わらず、文学史にはほとんど言及されず、近現代文学史では、何人かの女性作家に言及されているものの、批評の基準は「啓蒙」で、女性の内面(閉塞感や女としての悲哀)を描いたものは「主題」になり得なかったそうです。何人かのフェミニズム作家の紹介がありましたが、特に記憶に起こったのは、張愛玲の『金鎖記』。家父長制の被害者であった主人公は夫の死後、権力を握った時、嫁を自殺に追い込み、実の息子と娘もアヘン中毒にして滅ぼし、自らも死ぬことで家父長制を葬り去ろうとした「悪魔の母」の物語だそうです。一つ、日本と違うのは、日本の場合は昔は、夫が死んでも妻は息子に従うしきたりでしたが、中国の場合は家長は妻となるそうです。ともかくその壮絶な生きざまに驚きました。三人のお話の後、二人の先生のコメント、会場との質疑応答などがあり、非常に盛り上がった一日でした。

また、日を改めて奈良女でジェンダー講読セミナー「ジョルジュ・サンド『ガブリエル』を読む」が開催され、リード先生、神戸大学教授、坂本千代先生、奈良女子大学教授、高岡先生がフランス語で『ガブリエル』についての講読およびコメントがありました。この小説は、戯曲仕立てになっていて、主人公のガブリエルsIMG_4531は遺産を相続させるために、祖父の意志で男の子として育てられた女の子で、自らの性を知ったガブリエルが正統な相続人の従兄のアストルフに財産を渡そうと彼に近づき、恋に落ちて結婚するものの、「男の教育」を受け、「自由」を何よりも希求する彼女にとって、「女の役割」を果たすことは束縛に過ぎず、最後は祖父が派遣した暗殺者によって殺される、という話となっています。ジェンダーの問題、さらに「男でも女でもない」、「第三の性」の問題が浮き彫りになる小説です。リード先生が編集されたフォリオ判の『ガブリエル』(表紙がなかなか素敵です。ガブリエルも男装の女性としてさっそうと登場します)を持って、参加者で記念撮影しました(左写真:手に持っているのは、リード先生編集のフォリオ版『ガブリエル』)。

sIMG_4534sIMG_4535夕食は昨年も訪れたフレンチレストラン「フォルム・エテルニテ」。今回はmenu éternitéコースを取りました。どれもおいしく、見た目も美しかったですが、魚は「鳥取・日本海の天然ヒラメ ひらひら農園さんの大根」(左写真)。ヒラメ(フランス語でturbot)も新鮮で、大根は4種の大根。肉は「奈良県産・黒鶏プレノワール」(右写真)。もともとはフランスのブレス産の鶏がプレノワールとして有名だそうですが、奈良で飼育しているとか。黒コショウの効いた濃sIMG_4539sIMG_8997厚なソースで頂きました。あと、デザートが驚きで、「タルトタタンのオマージュ」(左写真)。タルトタタンは、フランスの伝統的なデザートで、薄切りのりんごを下に敷いてケーキの種を流し込んで焼く素朴なお菓子ですが、それとは全く違う洗練されたものとして出てきました。リンゴのソルベ(シャーベット)に、リンゴの薄切りを揚げたもの、など調理の仕方の違う何種類ものリンゴが出てきて、一堂、驚きの声を挙げました(みな、味にもうっとり)。楽しい女子会でした(写真)。

Written on 11月 28th, 2019

角田先生sIMG_452511月23日(土)に奈良日仏協会・放送大学奈良学習センター共催「秋の教養講座」が開かれました(ポスター)。今年度は大阪府立大学の元同僚、角田茂名誉教授が「脳の働きはこのようにして解明された」というタイトルで講演されました(右写真)。角田先生はもともと脳神経外科医で、フランス革命前から19世紀にかけての脳科学の歴史を非常にわかりやすく説明されました。フランス革命期には、近代化学の父ラヴォワジエが質量保存の法則を発見し、化学の発展に貢献しましたが、ラヴォワジエは徴税請負人の家系ということでギロチンにかけられてしまいます。もう一人、革命期に出現したのが近代医学の父ピネルで、彼は精神病患者を収容していたビセートル病院、サルペトリエール病院で患者たちを鎖での拘束から解放したことで有名です。かれは、また、リンネの植物分類学を疾病分類学に応用し、2700種の病気をその種類別に分類し、体系づけたそうです。脳神経学的には、ガルの骨相学(大脳機能局在論の提唱者)が18世紀末から19世紀初めにかけて大流行しますが、「頭蓋骨の形から精神機能を判断できる」と主張したのは、完全に疑似Une_leçon_clinique_à_la_Salpêtrière_02科学として、現在は否定されています。ただ、バルザックを始めとする当時の作家たちはガルの理論を歓迎し、作品の中で扱っています。例えば『ゴリオ爺さん』では、医者の卵のビアンションがゴリオの頭を触って「父性愛の隆起」があると言ってからかう場面があります。また、19世紀後半には失語症やてんかん、犬を用いた大脳皮質運動野の電気刺激実験など行われたそうです。また、18世紀末にメスメルの「動物磁気」説が大流行し、鉄の棒を入れた桶の周りに座って、鉄に患部をあてると磁気によって治るとされました。メスメルの説はフランス科学アカデミーで否定されますが、100年後にシャルコーが催眠療法として採用することになります。シャルコーはヒステリー性片麻痺を催眠療法で治療したことで有名(左図)です。その弟子がバビンスキー(失神した女性患者を後ろで支えているのがバビンスキー)で、彼は催眠療法で治らなかった患者は大脳に器質的障害があると解明しました。足の裏にピンでこすった時、親指が反ると障害があるということがわかるそうです(赤ちゃんはこのバビンスキー反射があるが、生後1年で消失するそうです)。東大寺の仁王像の一つがこのバビンスキー反射を示しているとか。一方、催眠療法で治った患者に関してはフロイトがさらに考察を進め、「無意識の発見」につながっていくわけです。いろいろ示唆に富むお話で、2時間があっという間に過ぎました。講演会の後の懇親会も盛り上がり、非常に充実した一日を過ごすことができました。

Written on 11月 24th, 2019

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