村田京子のホームページ – blog

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プーシキン展お盆休みに、大阪中之島の国立国際美術館にクロード・ロラン「プーシキン美術館展」に行ってきました(ポスター)。「旅するフランス風景画」ということで、17世紀のクロード・ロラン《エウロペの略奪》(右図)から、18世紀ロココ時代のブーシェなどの作品、19世紀はコローやバルビゾン派のミレー、レアリスムのクールベ、印象派のルノワール、セザンヌ、ゴーガンなど、20世紀はドランやピカソなど様々なW 62 1865 Luncheon on the grass ma5画家の風景画が展示されていました。風景画は歴史画を頂点とするアカデミー絵画における序列は低く、ロランの絵にあるように、神話などの背景として描かれてきました。しかし、次第に風景のみをクローズアップしたものが出てくるようになりました。印象派の絵画がその代表と言えるでしょう。この展覧会の目玉はクロード・モネの《草上の昼食》(左図)(はたして風景画と断言していいのかは、少し疑問ですが)。これはモネが28歳の時、描き始めたものの、未完のままに終わり、のちに習作を仕上げたのが、プーシキン美術館に収められている絵画となっています。女性のモデルは後に妻となるカミーユで、何と、絵のすべての女性のモデルとなっています。人間を描くというよりむしろ、当時流行の衣装を描いたもので、その衣装に太陽の光がさして陰をつくっています。男性は友人の画家のバジルがモデル。しかし、ピクニックで楽しむ青年たち、という構図ですが、右端の木の後ろに男性が隠れていて、彼らを覗き見ています。何か、意味ありげ。。。ともかく、マネの有名な《草上の昼食》を意識して描いた大作です。また、もう一つの目玉がポスターにある、アンリ・ルソーの《馬を襲うジャガー》。税管吏という職業で、正規の絵の修業をせずに独自のタッチで描いた日曜画家のルソーですが、彼の素朴なタッチと空想の世界には魅惑されてしまいます。風景画というよりも、空想の風景画ですが、中央の白い馬は、ジャガーに襲われているのに、きょとんとした眼で、何が起こっているのかわからないようですし、ジャガーも馬を襲っているのか、抱きしめているのか、わからない構図となっています。ルソーはジャガーを見たことがなく、敷物のジャガーを参考にしたとか。道理で平べったい胴体になっています。お盆で観客は多めでしたが、身動きが取れないほどの混雑ぶりではなく、ゆっくり鑑賞することができました。

ベカス美術鑑賞の前に、お昼は淀屋橋のフレンチレストランsIMG_3941「ラ・ベカス」で食事(「ベカス」はくちばしの尖った鳥の「山シギ」の意味で、ジビエとしては最高とか)。ビルの奥にあって、通り過ぎてしまうような店ですが、中に入るとシックな店の構え(写真左)。渋谷オーナー・シェフは、ポール・ボsIMG_3943ギューズやアラン・シャベルに師事した方で、非常に凝った料理を出してくれました。アミューズ・グールはヴィシソワーズ(じゃがいもの冷スープ)に鮎のリエットが入ったもの(写真右)。リエットはパンにつけて食べるのが普通ですが、スープになっているとは。。。鮎の香ばしい香りがしました。次がフラsIMG_3944ン(洋風茶碗蒸し):自家製のオイル・サーモンにとうもろこしなどが入ったもの。次に帆立のクロケット(コロッケ)(写真左)。下に焼きなすのソース。クロケットがパリッと歯ごたえもよく、なすとよく合っていました。バターやクリームなどsIMG_3945を使った伝統的なフランス料理よりは、軽めの味付けのソースが特においしかったです。次がオマール海老のサラダ(写真右)。これも、見た目もきれいで白トリュフを焼いたものが上に載っています。次が少し中華風で、鱧を骨切りするのではなく、骨を抜き取ったもので、すごく柔らかい歯ごたえ。スープも鱧の頭などからとったそうです。それに、長芋やこんにゃく、人参など和の素材を使ったスープ。小さな肉まんがついていて、sIMG_3947肉まんをスープにつけたら、絶品の味になりました(写真左)。次が鰆に味噌のソース、そしてメイン二つ目は、仔羊のパネ(写真右)。さすが、ジビエ料理の得意なシェフだけあり(来日したフランス人シェフも絶賛だったとか)、非常においしかったですが、量が多くて全部は食べきれませんでした。デザートはメロンのスムージーに蜂蜜のアイスクリーム。スカートが苦しくなるくらい満腹となりましたが、大満足のランチでした。

Written on 8月 15th, 2018

今年も井上舞の「舞さらへ」(祇園コーナー)に行ってきました。このところ、猛暑続きで、京都は連日38度、39度の暑さで、観光客たちもげんなりしているように見えます。今回は若い芸奴さんたちが午前中に踊る、ということで、会場の客もその関連の芸奴さんや舞子さんも来ていて華やかだったそうです(私は午前中は用事で、昼過ぎにしか行けず)。sDSC_0015今年の浴sDSC_0017衣の柄は「わらび」ということです。毎年、柄が変わるのですが、絵柄は尽きないのでしょうか。。。元同僚は、今年は「夕顔」「恋しらず」の二つの舞でした(写真2枚)。皆さん、緊張して扇を持つ手が震えていたりしますが、さすがベテラン、落ち着いた舞を披露してくれました。後ろ姿、髪型がきれいにまとまっていて、うっとりしてしまいます。

4時頃にはsIMG_3921終わり、少し休sIMG_3920憩してから同僚たちと、夕食を一緒に食べに行きました。今回は地下鉄の市役所前の近くのフレンチレストラン、Motoiでコースを頂きました。一品一品は少なめですが、品数がsIMG_3918多いので、最後は満腹でコーヒーと一緒に出るミニャルディーズ(小菓子)は持ち帰りに。メニューは、アミューズ・グーsIMG_3924ルが「パニプリと栃餅と白玉」(細い黒い皿に3つ、可愛く載っていました)。「鱧のベニエ」(写真左上)。鱧は7月の京都には必須の魚ですが、鱧の湯引きではなく、揚げたもので、歯ごたえがパリパリしてsIMG_3927おいしかったです。次に「豚バラ肉を広東の技法で焼き上げたもの」。シェフがもともとは中華レストランで働いていたそうで、その時の中華料理を思わせる一品(北京ダックの薄切りのような、これもパリッとした食感)。「ナチュラルなフォアグラとアマゾンのカカオ」(写真右上)。フォアグラがふんだんに出ていましたが、それほどしつこくなくあっさりと仕上がっていました。「スッポンのパネとリゾット」(写真左)。これもスッポンを揚げてイカスミで黒くしたもの。スッポンのスープは食べたことがありますが、この調理法でスッポンを食べたことはなく、驚きでした。「ブルターニュ産オマール海老のラヴィオリ」「マハタのポワレ ソースアルベール」、そして「ロゼに焼き上げた平井さんの京都肉」(写真右)。これは牛肉のステーキですが、お店の人がおもむろにオーストラリア産のトリュフを持って来られて、割増料金になるが、これは絶品なので是非、ステーキと一緒にお召し上がりください、と言われ、なかなか立派な黒トリュフを見てしまったので、頼むことに。肉の上にふんだんにトリュフを削ってかけてくれました。とても濃厚で美味でした!デザートも何と3品もでてきました。一番気に入ったのは、「加納岩の桃とシャンパーニュのジュレ」(写真)。加納岩の桃はなかなか手に入らない桃で、見た目も涼しげでおいしく頂きました。

Written on 7月 28th, 2018

ショパンピアニスト・作曲家のショパンとジョルジュ・サンドの恋の始まs八木邸2り(1838年6月)から180年周年を祝って、「ショパンの恋 告白のプレリュード 女流作家ジョルジュ・サンドとの恋」というレクチャーコンサート(ポスター)が香里園の八木邸で開催され、参加してきました。八木邸は、有名な建築家藤井厚二が1930年に建てた二階建ての家で、当時の家具調度がまだ残っている貴重な建物です。コンサートの前に家の中を見学させてもらいました。当時、まだ冷暖房の設備がない時代に、各部屋の足元に窓がついていて、そこから風が通るようになっており、窓の開け閉めで温度調節ができる、という機能的な作りになっていました。左写真は食堂に続く居間で、電動掘りごたつになっています。すごく広い台所は建った頃からオーs八木邸ル電化とか。2階は洋間と、畳の間(お琴などが置いてありました)、寝室(広いベッド)と子ども部屋(ここもベッド)があり、階段横には机と椅子が置かれ(写真右上)、ソファーは作り付け(1階の客間も)で、ぴったりはまった形になっています。2階にも顔を洗える水場(タオル掛けも作りつsIMG_3872け)があり、トイレもあって下まで降りて行く必要がなくて便利。この家の当主の八木さん(84歳)ともお話出来ましたが、この家の維持が大変ということでした(庭木の手入れだけで年4回植木屋さんに入ってもらっているとか)。現在は、同じ敷地内の、裏手の家にお住まいだそうです。シンプルな建築ですが、住み心地の良さを最優先した設計だと思います(写真右は玄関)。

コンサートは客間でピアノの後ろに椅子を並べる形のアットホームな雰囲気(規模は違いますが、19世紀フランスでショパンが好んだ20人くらいの客の前で演奏したサロン・コンサートを彷彿とさせます)で、ピアノは八木さんのお母様が嫁入り道具として持って来られた、ドイツのゲラーというピアノ。建築デザイナーで、フランスとの文化イベントなども手掛けておられる金子文子さんが、サンドの自伝『わが生涯の記』から、ショパンとの生活(サンドは1838年から9年間ショパンと一緒に暮らしました)を綴った部分を抜粋して読みあげた後、ピアニストの出口瑞穂さんがショパンの曲を演奏する、というのを繰り返す形で行われました。演目は「ノクターン」や「マズルカ」「雨だれ」(スペインのマヨルカ島で作曲)、「スケルツォ」などおなじみの曲の他にポーランド民謡から作曲した「ワルツ」、彼の遺作の「ポロネーズ」(かなり暗い曲)は初めて聞いた曲でした。ショパンは「スケルツォ」のような激しい曲も書いていますが、むしろピアニシモを大事にする繊細な曲も多く、その意味では大きなコンサート会場よりも、今回のようなサロン・コンサートの方がショパンに向いていると、改めて実感しました。あいにくの大雨でしたが、客間は観客で溢れるほどの盛況ぶりでした。コンサートの後は、ハーブティが供され、歴史的建築物の中で、ゆったりとした優雅なひと時を過ごすことができました。

Written on 6月 24th, 2018

ルーヴル美術展同じく東京に出たついでに、六本木の国立新美術館にルーヴルマスク美術館展を見に行きました(ポスター)。今回のテーマは「肖像芸術」ということで、柩に入っていたエジプトのマスク(右図)や古代ギリシア、ローマ、エトルリアなどの彫像、ルイ14世やナポレオンなどの君主像、女性の肖像画など様々な時代、場所の肖像作品を一堂に会した美術展となっていました。特に感嘆したのは、ルイ13世時代のリシュリュー枢機卿の等身大以上の彫像で、大理ナニー石なのに衣装やマントの細かい襞まで彫られていて、圧巻でした。また、本展覧会の目玉でもあるヴェロネーゼの《女性の肖像》通称《美しきナーニ》(左図)は、非常に魅力的で、その豪華な衣装に白い透き通るような肌が生き生きと描かれていました(現在の基準から見ると、かなりふくよかな体型ですが、この当時の美女の理想で彫像あったと思われます)。あと、マリー・アントワネットの女性肖像画家ヴィジェ=ルブランの、女性の優しい表情を映しだした絵画やベラスケスのスペイン王妃の肖像など、おなじみの肖像画も多く見受けられました。もう一つ面白かったのが、フランツ・クサファー・メッサーシュミットの《性格表現の頭像》(右図)で、様々な表情をした自分の顔を鏡に映して、それを見ながら彫像にしたとか。ナポレオンにしろ、ルイ14世(特に幼い頃)にしろ、君主の肖像画、彫像は当然のことながら、かなり美化されていました。エジプトのマスクと19世紀の肖像画が同じ部屋にあったり、「母と娘の肖像画」のコーナーでは、母娘が入っている絵画が漠然と集められている感じで、展示のコンセプトがもう一つわからなかったですが、それでもなかなか面白い美術展でした。

Written on 6月 9th, 2018

ターナー展東京に行ったついでに損保ジャパン日本興亜美術館に海「ターナー展」を見に行ってきました(ポスター)。ターナーは風景画家で有名で、独特の光や空気感に包まれたその風景画はフランスの印象派に大きな影響を与えたそうです。水彩画がほとんどで、茶色が主体のスコットランドの土地や海景、またイタリアで描いた古代イタリアの世界、聖書の世界、山岳地帯の絵など様々です。その中でも《タインマウス小修道院》(右図)が印象に残りました。一見すると荒波にもまれる帆船が描かれているのですが、後景に蜃気楼のように修道院の廃墟が浮かび上がっていて、幻想風景の趣があります。絵のタイトルも海ではなく、修道院ですし。ゴシック小説(中世のゴシック建築の城や修道院の廃墟で超自然的な現象が起こる物語)の祖とされるウォルポールの『オトラント城の謎』のモデエディンバラルとなっったストロベリー・ヒル・ハウスを建築した同じ建築士が建てたフォントヒル・アベイを描いた絵がターナーにあり、ゴシック小説との深い関係が見出せます。また、ターナーは歴史小説の祖と言われるウォルター・スコットの挿絵も描いていて、文学との関わりが大きい画家と言えるでしょう。もう一つの絵《コールトン・ヒルから見たエディンバラ》(図)は、高台から見たエディンバラの町の様子が描かれ、人々の様々な動きが活写されていて「風景画」なのか「風俗画」になるのか、迷うところです。今回の展覧会は、大きな画布は少なめで、比較的小ぶりな絵が多かったですが、遠くにぼやける色遣いは確かに印象派を思わせるものでありました。損保ジャパンの美術館だけあって、最後の部屋にはかの有名なゴッホの《向日葵》が展示されていました。それほど混んでおらず、ゆっくり絵を鑑賞することができました。

Written on 6月 9th, 2018

sIMG_3847京都大学の研究会に出たついでに、八坂神社の近く、ひらまつ二年坂を上がったところにある「レストランひらまつ高台寺」で、友人と一緒に夕食をとりました。レストランは4階にあり(古い建物を改築したので、4階建となっていますが、今の建築基準ではこの高sIMG_3851さの建物は建てられないとか)、八坂のsIMG_3852塔を中心に、京都の町並みを一望することができます(写真)。内装は木の床にシックな色調sIMG_3853でまとめられており(写真右:パンフレットから)、先日行った、フェスティヴァルホールのひらまつのモダンな店とはまた違う趣でした。5月にしてはかなり冷え込んだので、暖炉に火がついていて、それもロマンチックな雰囲気を醸し出していましsIMG_3855た。アミューズ・グールは小さな細長いパイにチーズが入ったもの。前菜は、poivron rouge(赤ピーマンのムース:写真上)。トマトをベースとしたソースも美味。次がフランス人が大好きなasperges blanches(白アsIMG_3856スパラガス:写真右)。ソースは黄身を使った濃厚なもの。次はsoupe aux truffes V.G.E(1975年にエリゼ宮にてフランス大統領に捧げられたトリュフのスープ)。これは、容器の上にパイ皮の蓋が置かれており、その蓋を取ったところが写真のもの。中は牛のほほ肉とトリュフが入った贅沢なコンソメスープ。パイ皮をちぎりながらスープと一緒に食べます。次がagneau, girolle, dauphinoise(フランス、ロゼール産仔羊、ジロール茸、ドフィノワーズ:写真)。ドフィノワーズはジャガイモと、すりおろしたチーズ、生クリーム、牛乳で作るグラタンで、フランスの家庭の定番料理。ジロール茸はセップ茸ほどは高価ではなく、フランス料理には欠かせないきのこと言えるでしょう。デザートはfraise, grand-marnier(苺[京の雫]とフランボワーズがはいったグラン・マルニエ:写真)。オレンジの香りがするリキュール、グラン・マルニエが使われていて、カスタードソースも入っています。最後はフレッシュハーブティーとminardises(お茶菓子)が出ましたが、minardisesのチョコレートはさすがに満腹で食べきれず。友人とは久しぶりにゆっくりと話ができ、楽しいひと時でした。

Written on 5月 20th, 2018

sIMG_0211退職した同僚が久しぶりに大阪に出てきたので、親しかったsIMG_0213女性教員で集まり、一緒に夕食を取りました。場所は天王寺の「料亭まつむら」で、大正時代に財閥、住友家の別宅として建てられた、純日本建築の建物で、昭和34年に開業(料理はオーソドックスな旅館のメニューでした)。庭が素敵(写真2枚)で、さつきの花が鮮やか。座敷もゆったりしていました。退職すると、ストレスがなくなるのか、太ってしまうとか。それがいいことなのか、気をつけねばならないのか、わかりませんが、退職後は新しい生sIMG_3845きがいを探さねば、と思っています。昔の話や現在の大学の状況など、話がつきず、楽しいひと時を過ごすことができました(4人の写真)。また、食べ歩きをしようと誓って別れました。

Written on 5月 20th, 2018

sIMG_3831ミシュランの星付きの懐石料理店、「花垣」で先日、食事をsIMG_3835してきました。数回来たことがありますが、いつも新鮮で変わった食材と料理に感嘆させられます。前菜(写真:4人前)は鴨のローストにめいたガレイの南蛮煮、厚焼き卵、車海老のしわ煮、百合根、イカのチーズ巻き。吸い物はアブラメ(あいなめ)と手作りの卵豆腐。あっさりとした出汁ですが、油目と呼ばれるだけあって、脂がのった魚でした。お造り(写真)は石鯛、インドマsIMG_3836グロの中トロ、車海老、ハリイカで、白醤油か、ポン酢で頂くというもの。次が何と、下に火のついた茶香炉のsIMG_3840上にアワビ、ホワイトアスパラガス、ウニをとうもろこしの粉で作ったパートフィロで包んで揚げたものを載せ、クリームソースを入れたもの(写真)。あつあつを食べますが、茶香炉を使うという発想に脱帽。上に載っている葉は、オイスターリーフと呼ばれ、噛むと牡蠣の匂いがします。次が尾崎牛の亀の甲焼きにカキ、asperge sauvage(野生のアスパラガス)。「花垣」は懐石料理の店ですが、肉料理がでることろが特徴的です。容器も凝っていて、肉の入った皿はノリタケ。最初のお椀は室町時代のお椀とか。ご飯は筍と河豚の炊き込みご飯という、贅沢な一品。筍は今年最後で、歯ごたえがこりこりしていて、普段食べている筍とは別物でした。留め椀は、大きな蛤。デザートは白苺(これもデパートでは1個100円で売っている高価な苺)に白ワインのジュレ、黒豆の黒蜜かけとチェリー、ガラスの蓋付き容器に入っているのは、コーヒー風味のブラマンジェ(写真)。容器がやはりとても凝っていました。シェフと手伝いの人と二人での調理、本当に大変だとは思いますが、一日に1~2組しか客を取らないのも納得の味でした。

Written on 5月 16th, 2018

辻井ピアニストの辻井伸行さんと、ヴァシリー・ペトレンコ指揮、ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団とのコンサートを大阪のフェスティヴァル・ホールに聴きに行ってきました(プログラムの表紙)。あいにくの大雨でしたが、リニューアルしたフェスティヴァル・ホールの会場は3階席まで満席という熱狂ぶりでした。この日の演目はラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」、チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲第1番」。ラフマニノフはロマンティックな曲調で有名な作曲家ですが、19世紀にヨーロッパで熱狂的に受け入れられた天才ヴァイオリニスト、パガニーニの曲をアレンジしたもので、超絶技巧でならしたパガニーニ(あまりに速い弓さばきで「悪魔に魂を売った」とまで言われた)の曲をピアノで弾く、という離れ業。辻井さんのピアノは楽団との共演ということもあってか、かなり強いタッチで弾いていて、情熱的でした。チャイコフスキーの曲も、出だしが誰でも知っているメロディーで、雄大な大河の流れを彷彿とさせます。辻井さんのピアノはここまででしたが、アンコールはドヴィッシーの「月の光」で、これは繊細なタッチの演奏でした。幕間の後、管弦楽団だけの演奏で、チャイコフスキーの「交響曲第4番」。指揮者のペトレンコはなかなかのイケメンで、タクトをある時は柔らかく使ったり、パートごとにタクトを真横に振って合図し、演奏を止める姿はなかなか格好良かったです。ペトレンコさんが辻井さんの腕をそっと持って、入退場を繰り返しましたが、背の高いペトレンコに比べて、辻井さんがかなり小柄で、こんな小柄な人から激しいタッチの曲が演じられるのは、やはり驚異的でした。

sIMG_3821コンサートの前に、フェスティバルホール37階の「フェット・ひらまつ」sIMG_3822でランチ。白一色の内装で、天井の高いレストランは明るさに満ちていましたが、あいにくの雨で窓ガラスが白く曇り、残念ながら下の景色ははほとんど見れませんでした。フランスでも評価されている平松シェフの料理だけsIMG_3826あり、どの一品も洗練された味で、見た目も美しいものでした。アミューズ・グールの「蛤の酒蒸し」の後、前菜のリゾットとオマール海老アメリケーヌ(写真 白い泡は海老の汁と白ワインを泡にしたもの、ヒイカ添え、緑色はバジルソース)が出ましたが、特にリゾットがおいしかったです。メインはマトウ鯛にオクラ、グリンピースとドライミニトマト、白いスープ状のはジャガイモのソース(写真)。これも春らしい盛り付けで、あっさりとした食感でした。デザートはラングドシャの皮で、クリームチーズ・アイスクリームを挟んだものに甘夏のジュレ(写真)。とてもも涼しげで初夏を思わせるものでした。

Written on 5月 16th, 2018

アンナ・カリーナシャンソン研究会に参加するため、阪大に行ってきました(方向音痴で建物を間違え、少し遅れてしまいました)。今回は、常連発表メンバーの高岡さん、福田さんのほかに、ベルギー圏の研究をされている岩本さんも加わり、3人の発表でした。まず、ヌーヴェル・ヴァーグの映画を中心に研究されている福田さんが、「歌手としてのアンナ・カリーナ」ということで、ミュージカル映画Annaを中心に話されました。フランスでミュージカル映画というと、ジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』(1964)が有名で、それ以降はアメリカ映画しかないように思えますが、ピエール・コラルニックというテレビのプロデューサーが作った「アンナ」(1967)というミュージカル(テレビでの放映)が大ヒットしたそうです。そこで歌っているのがゴダール映画のミューズとも言える、女優のアンナ・カリーナ(写真)で、作詞作曲がゲンズブール。アンナ・カリーナはやや舌足らずの口ぶりで、それがコケティッシュな雰囲気を漂わせています。特に、「何も言わないで (Ne dis rien)」をゲンズブールで二人で歌っている動画は眼の大きな彼女の顔がアップになって、その視線に目が釘付けになるほど、魅力的でした。次に高岡さんが、カロジェロカロジェロという歌手(作曲もする)(写真)の紹介(高岡さんが風邪で声が出なかったので、私が代読しました)。シシリア系の移民の子どもで、23歳の時にフランス国籍を取った、グルノーブル生まれの男性。カロジェロは1990年代からCDを出していますが、1999年にソロになってから出したアルバムが、とりわけそのメッセージ性が強くなったそうで、そちらを主に取り上げての発表でした。作詞はいろいろな人に頼んでいたようですが、ZazieとMarie Bastideが圧倒的に数が多く、とりわけMarieとは人生のパートナーともなり、最近はMarieとのコラボが多いそうです。初めは歌手としての政治的参加には消極的だったのが、子どもの父親となってから、政治や社会に積極的に参加するようになり、「暴力、親の不在、同性愛、複合家族」について歌うようになったそうです。2012年にグルノーブル郊外で起きた殺人事件の被害者(15人の少年からリンチされ、惨殺された二人の少年たち)を扱った「場所が悪かった、あの日」では、美しいメロディにのって「もう二度とこんなことのないように」と歌われます。とりわけ印象に残ったのが、「花火」という曲で、これは花火大会に初めて参加した幼い男の子の感動を歌ったものです。2016年7月14日の「革命祭」の時に、ニースで花火を見ていた見物客たちがイスラム国のテロリストが運転する大型トラックにはねられて、86名が死亡、458人の負傷者を出した悲劇が起こります。その1年後に犠牲者の追悼式典があった時、遺族の強い希望でカロジェロが「花火」を歌うことになりますが、最終連は涙で歌えなかった、というもの。その時の映像を見せてもらいましたが、会場中が感動で涙しました。歌の力はやはり強いと思います。最後に、岩本さんがベルギーの国歌についての話をしてくれました。ベルギーは連邦国家でフラマン語(オランダ語)圏、フランス語圏、ドイツ語圏と分かれているので、国歌は何語で歌っているのだろう、という疑問からのご発表。サッカーのワールドカップなどを見ても、国歌を歌っている選手はあまりいないようで、応援団はそれぞれの言語で歌っているようです(そもそも、国歌をきちんと歌える人は少ないそうです)。さらに、曲自体、フランス国歌(マルセイエーズ)に少し似た感じで、聞いてもあまり印象に残らず、国が変わると違うものだと思いました。どの発表も、非常に面白く、楽しいひと時でした。

Written on 5月 16th, 2018

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