村田京子のホームページ – blog

BLOG

sIMG_4483先日、あべのハルカス美術館にSalome_Carrying_the_Head_of_John_the_Baptist_on_a_Platter_by_Gustave_Moreau「ギュスターヴ・モロー展 サロメと宿命の女たち」を見に行ってきました(写真)。ちょうど授業で「宿命の女」のテーマを取り上げたので、ちょうどいいタイミングの美術展でした。まずは、「モローが愛した女たち」ということで、母親の肖像画やモローの恋人アレクサンドリーヌ・デュルーの肖像画。ひげ面のモローの片腕に天使の羽のついたアレクサンドリーヌのお茶目なデッサンもあって、プライベートのモローを垣間見ることができました。その後が、サロメ関連の様々なデッサンや習作が並び、一番の目玉は《出現》。ヨヘラクレスハネの首が宙に浮いて、半裸のサロメが怯えたようにそれを見ている場面。もう一つの有名な作品《ヘロデ王の前で踊るサロメ》は残念ながら、ありませんでした。その他にも《洗礼者ヨハネの首を持つサロメ》(右図:ただし、油彩ではなく黒鉛のデッサンでしたが)。さらにはヨハネの首のない血まみれの胴体が描かれている絵もあり、なかなか迫力がありました。さらにサロメ以外の一角獣「宿命の女たち」を描いたもの(ヘレネやメッサリーナ、メデイア、セイレーンなど)。《ヘラクレスとオンファレ》(左図)は、以前見たクラーナハの同じ題材の絵と比べても、ヘラクレスが美青年に描かれています(さすがに、逞しい体をしていますが)。あと、印象に残ったのが《一角獣》(右図)。処女のみに従順になるという一角獣が、清らかな乙女に寄り添っている姿が何とも可愛らしいし、女王の衣装も素晴らしいものです。クリュニー美術館に一角獣と貴婦人のタピスリーがありますが、それと同じくらい高雅なイメージで描かれています。パリのギュスターヴ・モロー美術館は何度も訪れていますが、壁中に所狭しと絵が掛けられているのは本当に圧巻です。次にパリに行った時は、また寄りたいと思います。

sIMG_4476 昼食はあべのハルカスの下の階のフレンチレストラン「エ・オ」で頂きました。美術館を訪れる時は大抵、このレストランに寄りますが、sIMG_4477今回も期待にたがわず、洗練された料理を出してくれました。アミューズグール(左写真)は、鮭、ケークサレ、豚のペースト。前菜は「鹿児島県産白美豚の57度10時間加熱のジュレ寄せ、夏野菜のサラダ仕立て」(右写真)。ソースはパプリカ2種のソースで、クミンとカルダモンが入っていて少しピリッとした味でした。スープ(写真)は「とうもろこしのふわsIMG_4479sIMG_4478ふわスープ」で、とうもろこしを泡状にしたもの。濃厚で絶品の味でした! メインは「香ばしく焼き上げた姫鯛 海の香りを閉じ込めたブイヤベースソース」(写真)。鯛のポワレはパリッと焼けていてこれも絶品。ナスは焼きなす風。デザートは「桃のクラフティ65度にパスチャライズしたはちみつのグラス」。さらに小菓子(小さなマカロンなど)とコーヒーで満腹状態となりました。久しぶりにのんびり過ごした一日でした。

Written on 8月 17th, 2019

フルートゴシキヒワ知り合いのフルート奏者松村容子さんのフルート&ピアノコンサートに行ってきました(ポスター)。生駒市の企画で、毎月一回の割合でコンサートを開催しており、その一環としてのコンサートで、会場はほぼ満員状態。第一部はヴィヴァルディのフルート協奏曲「五色ひわ」。松村さんの解説によれば、フルート協奏曲を作った最初の作曲家がヴィヴァルディだったとか。「五色ひわ」は15~20gほどの小さな鳥(写真)で、翼が黄色と黒、胴体がベージュ、茶色、顔が赤く、聖母子像(ラファエロ:図版)で、幼子イエス・キリストが手にしているのが五色ヒワで聖母子像す。鳥の顔の赤さはキリストの血を連想させ、五色ひわの食べ物がアザミであることも、キリストの受難、磔刑と関連づけられているそうです。したがって、この曲はキリスト教と深く関わっていますが、キリスト教の司祭であったヴィヴァルディならではの曲と言えるでしょう。非常に明るい爽やかな曲なのですが、キリスト教の背景を知ると、その深みが感じられるような気がしました。次がモーツァルトの「ソナタ ホ短調」。モーツァルトの数少ない短調の曲で、最初、フルートのために書いた曲を最終的にはヴァイオリンのために書き直したもので、それをフルートで演奏する、という趣向となっています。ちょうど、お母さんが亡くなった頃に書いたため、短調の曲となったのかもしれません。第二部はドップラーの「愛の歌」。ドップラーはハンガリーの作曲家で、ちょうど同郷のリストと同じ時期に活躍した人で、超絶技巧が流行った時sIMG_4475代の人、ということでした。「愛の歌」はフランス語のタイトル Chanson d’amour がついていますが、松村さんによれば、曲調はフランスというよりハンガリーの曲調ではないか、ということでした。最後がプーランクの「ソナタ」。プーランクは20世紀のフランスの作曲家で、今年生誕120周年で各地で記念コンサートが開かれているそうです。この曲が最初に演奏されたのはストラスブールの音楽祭で、有名なフルート奏者ランパルが演奏したとか(前日、たまたまピアニストのルビンシュタインがストラスブールに滞在していて、ランパルの演奏を一番最初に聞いたそうです)。プーランクのフルートソナタは20世紀のフルートソナタとしては最高傑作と評され、非常に複雑な音色を楽しみことができました。演奏の合間の松村さんのトークが非常に軽妙かつ、素人にわかりやすい説明で曲の内容がよくわかり、大変勉強になりました。また、最後は日本の曲「ふるさと」などを皆で一緒に歌うなど、会場が一つになった、楽しいコンサートでした。生駒でのコンサートに参加したのは、これで2回目ですが、こうした気軽なコンサートの企画をどんどん進めてもらいたいと思っています(左写真は、松村さん、元同僚の角田先生と)。

Written on 7月 21st, 2019

sIMG_4461sIMG_4446ローザンヌはレマン湖のほとりにあるので、昼休み、およびシンポジウムが終わった後で、レマン湖を少し散策。水着の人たちが泳いでいたり、帆船が浮かんでいたり、もうすっかりバカンスシーズン(写真)。特にOuchy-Olympiqueのあたりは観光客でごった返していました。最後の日の夕食はアメリカ人、フランス人の同僚たちと近くのレストランのテラスで夕食をとりました(ただ、36度の暑さで汗だくで夕食をとる羽目に)。それでも少しだけ、sIMG_4462バカンス気分を味わうことがでsIMG_4433きました。また、ローザンヌの町の高台(急な階段を何段も上がったところにある)にある旧市街にも行きましたが、市役所に面した広場の泉には女性の彫像(写真)があり、ジャンヌ・ダルクか「正義の女神」か、皆でひとしきり論議しましたが誰なのかは、わからずじまいとなりました。

ローザンヌで泊まったホテルは、駅から徒歩3分の古いホテルでその名もHotel Alagare (駅前ホテル)。レセプション横の壁にはちょうど、アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』に出てきそうな雰囲気の絵(写真)が描かれ、朝食をとる食堂の椅子は列車の4人掛けの席(写真2枚)sIMG_4465のようになっていて、車窓が見える形。床にはミニチュアの鉄道駅や人、列車、羊などのいる野原もあるディオラマとなっていて目を楽しませてくれsIMG_4463ます。料金は少し高めでしたが、なかなか面白いホテルでした。ただ、夜10時半にはホテルのドアがしまり、レセプションも誰もいなくなるのには少し驚きました。スイスの人はカルヴィン派だけあって、勤勉で寝るのが早いのでしょうか。

Written on 7月 2nd, 2019

コンサートsIMG_4409フリブールは、ピアニストのフランツ・リストと、sIMG_4398彼と駆け落ちしたマリー・ダグー夫人が立ち寄った町として知られ(ジョルジュ・サンドもこの後、リストとダグー夫人に合流し、シャモニー旅行を楽しんだ)、それにちなんでフリブールのカテドラルで、リストの曲をパイプオルガンで演奏するコンサートに招待されました(左:プログラム)。まずは教会の上の階にあるパイプオルガン(写真)の音の出し方などの説明を聞き、その後、サンド、ピクテ、マリー・ダグー、ラムネーsIMG_4410のテクストをFrançois Rocherさん(写真)が朗読する傍ら、オルガン奏者のSimon Peguironさんが曲を演奏する、という趣向。曲sIMG_4405はバッハのカンタータをリストが編曲したものや、リストの「田園」、ラムネー神父のメロドラムの中からとった、リストの死者への祈祷曲、バッハのレクイエムなどが演奏され、荘厳なオルガンの音がカテドラル中に鳴り響いていました。音楽が多くの人の魂に響く、というのを実感しました。

ステンドグラスを通した光の反映がちょうど、カテドラル内の聖人像の近くでゆらめいていて(写真)、夢幻の世界に誘い込まれそうになりました。

Written on 7月 2nd, 2019

sIMG_4377sIMG_4367ベルンに来たついでに、ベルンの旧市街を同僚と一緒に散策しました。カテドラル近くの高台からは赤レンガの屋根の建物が点在しているのが見えました。カテドラル(左写真)はゴシック建築の塔がそびえたち、その威容を示していました(右写真は、カテドラル近くの町並)。また、時計で有名なスイスだけあって、なかなか素敵な時計台(左下写真)が町のあちこちにありました。ベルン大学は駅からバスで3駅の便利な場所にあり、学食に面した中庭に奇妙なオブジェがあったので、記念撮影(右下写真)。

ただ、スイスは物価が高く、水が500ccのペットボトルで500~600円、学食でサラダ(自分で好きなだけ皿に取り、量り売り)で2000円近くもしました。タクシーも高くて皆、文句を言うほど。ホ時計台sIMG_4386テル代も東京なみに結構高いですが、無料の交通パスをもらえるのでバスやメトロは乗り放題でした。ベルンの人たちは非常に親切で、少し道に迷っていると立ち止まって教えてくれるのには感謝。6月は夏時間ということもあり、夜9時過ぎまで明るく、10時でもまだ青白い空で、夜はうっかり時間を忘れて外でゆっくり過ごしていました(日中が暑すぎるので、夜が一番過ごしやすいということもあり)。

Written on 7月 2nd, 2019

IMG_4356IMG_4358近くのイタリアンレストラン、アルキオーネでランチを頂きました。シェフは、いろいろな食材を積極的に使う方で、今回のコースではまず、アミューズ・グールとしてトマトの汁を濾して固めたものと、シュー皮にマルカポーネチーズを挟んだもの(左写真)が出ました。前菜は「イトウのタルタル」(右写真)。イトウは北海道産のサケ科の魚でそれを生でソースに和えたもの。アスペルジュ・ソヴァージュ(アスパIMG_4359ラガスの一種)に、赤玉ねぎのシャーベットが上にのっていて、色もきれい。二つ目の前菜は「花ズッキーニの詰め物」(写真)。IMG_4360ズッキーニの実は食べたことがありますが、実がなる前の花は初めて見ました。その花の部分に、赤座エビと帆立の刻んだものを詰めて揚げたもの。卵の黄身をベースにしたソースで頂きます。茎の部分が芋系の味でなかなかの美味でした。パスタ料理としては「キタッラ 真鯛と三つ葉」(写真)。真鯛はスモークしていて三つ葉IMG_4361も歯ごたえが良く、もちもち感のパスタとよく合っていました。魚料理は「金目鯛のヴァポーレ」(写真)。鯛は大きなオーヴン(ドイツ製で、グリルやロースト、低温調理の他に、蒸気で蒸すこともでIMG_4363きるそうです)で蒸したものに、新玉ねぎのソースがかかっています。鯛が色鮮やかで食欲をそそります。肉料理は「長野産馬サーロインの炭火焼」(写真)。牛肉かなと思うほどの食感(牛肉よりは少し硬めですが)。IMG_4364手前の色の濃いソースはドミグラのような肉と赤ワインのソースですが、向う側の薄めのソースは赤ワインと林檎のソースで、二種類ソースが用意されていました、デザートは「マンゴーのパンナコッタ」(写真)。マンゴーの他に、パイナップルのアイスクリームに牛乳のチュイル(「瓦」という意味)が上に載っていました。チュイルもオーヴンで低温調理したそうで、ソースだけでも何種類も出てきてシェフの緻密な料理に感銘を受けました。コーヒーもおいしく、本当に幸せなひと時を過ごすことができました。

Written on 6月 16th, 2019

ひらまつIMG_4349IMG_4348先日、京大での仏文総会に参加したついでに、友人とフレンチレストラン「ひらまつ 高台寺」で夕食を共にしました。レストランの窓からは八坂の塔をバックに、京都の町並みが一望できます(左写真)。5月ということで、「苺のシャンパン」(右写真)を頼みました。苺の甘い香りが漂い、アペリティフとしてぴったりの飲み物です。アミューズ・IMG_4350グールの小さなシュー(チーズ入り)の後、赤ピーマンのムース(写真)、そして旬のアスパラガス(写真)。青アスパラガスも白アスパラガスも普通、IMG_4352食品売場では見られないほど太くでしっかりしたもので、歯ごたえも良く、本当においしかったです(白アスパラガスはフランスのロワール地方産とか)。白アスパラガスはプルーストの『失われた時を求めて』で召使いの女性が白アスパラガスの皮を「剥く」場面が有名ですが、まさにこんなに大きなアスパラガスだと「剥く」と言えるでしょう。19世紀当時はものすごIMG_4353く高価だった白アスパラガスも今では庶民の春の味となったことに感謝。青アスパラガスを使った料理IMG_4355(写真)は、鴨肉のスモークにトリュフ入りソース。白アスパラガス(備長炭で焼いたもの)には帆立(トリュフを挟んだもの)との贅沢な取り合わせ(写真)。どれも食べ応えがありました。肉料理は仔羊。デザートは小桃のコンポート(写真:鹿児島で栽培している桃で、夏を先取りした桃のようです)にミント味のハーブティー。友人とは久しぶりに楽しい会話においしい料理を楽しむことができました。

Written on 6月 5th, 2019

クリムト

先日、東京での学会で上京した折に、上野公園の東京都美術館に「クリムト展」を見に行ってきました(ポスター)。ギュスターヴ・クリムトは19世紀末のウィーンで、保守的な古典絵画の枠から外れて「ウィーン分離派」を結成し、自由な芸術表現を求めて新しい絵画創造の道を切り開いたことで有名です。特に、金箔を多用した豪華な絵画が有名で、《ホロフェルネスの首を持つユーデット》(右図)は圧巻でした。祖国を救うために敵将ホロフェルネスの元を単身、訪れ、泥酔して眠っている彼の首を切り落として、その首を持ち帰ったユダヤ人女性で、彼女は英雄として称賛されました。クリムトのユーディットはうつろな眼をし、口を少し開けて官能的な雰囲気を漂わせています。右端のホロフェルネスの首が不気味ではありますが。。。クリムトの絵の特徴としてさらに、ベートーベンフリーズ額縁も凝っていることで、額縁の上クリムト2にも「ユーディット」とあります。その他にも女三世代(幼女と若い母親、年老いた祖母)が描かれているものや、《オイゲニア・プリマージの肖像》(左図)のように色鮮やかな服装を纏った華やかな女性の肖像画が展示されていました。さらに、ベートーヴェン第9交響曲に基づいた壁画、《ベートーヴェン・フリーズ》の複製(上図)が原寸大で展示され、特にゴルゴン三姉妹や巨大なゴリラの絵(?)が印象的でした。クリムトは生涯独身でしたが、絵のモデルたちとの間に10人以上の子どもがいたそうで、奔放な芸術家らしい一面もあったようです。女性を多く描いたのも当然と言えるでしょう。それと同時に、ユーディットやメドゥーサ(ゴルゴン姉妹の一人)のような「宿命の女」を描いているのも、世紀末らしいと思いました。

Written on 6月 5th, 2019

sIMG_4322フランスからジェラール・ジャンジャンブル先生ご夫妻が来日されたので、京都で夕食を一緒にしました。ジャンジャンブル先生は二度目の来日で、今回はツアーで来られ、東京や箱根などを回った後に京都に宿泊。奈良も東大寺、法隆寺などを見て回られたそうです。ちょうど連休中で、どこも観光客で一杯ですが、奈良では修学旅行生が大勢来ていて、それぞれ制服が違うのが面白かったそうです(日本人学生はちゃんと規律を守って先生の話を聞いているのに感心したそうです)。夕食は懐石料理店、下鴨茶寮で関西バルザック研究会の有志の人たちと一緒に取りました(左写真)。下鴨茶寮は、創業安政三年(1856年)の老舗で、世界遺産としてsIMG_4326広く知られる下鴨神社のすぐそばにあります。入り口は一見、小さいのですsIMG_4327が中庭が広く、モミジの木の青々とした葉が春らしい雰囲気を醸し出していました。料理も春の野菜(蕗、よもぎ、木の芽、空豆、竹の子など)がふんだんに使われていました。その中で見た目がきれいだったのは「向附」(右写真)で、旬の鰹とイカのお造り(わさびではなく、生姜で食べる)。器も春らしく、紅白の花弁野菜が載っているのがおしゃれ。「八寸」(左写真)は雲丹湯葉、鯖寿司、sIMG_4329空豆カステラ、鴨ロース、鯛の子寄せ、鱒砧巻、こごみ胡麻和え、うるい浸し。ゼリー寄せの上に載っているのは百合根で作った花弁。sIMG_4338「鉢物」は若布と竹の子を煮たもの。「焼物」(右写真)も竹の子(焼いたもの)とめばるで、色鮮やかな器にはえていました。フランス人の先生たちに材料をフランス語で説明するのが一苦労で、辞書を見たり、皆で四苦八苦。「揚物」で稚鮎が出てきましたが、「鮎」を辞書で見るとsaumon(鮭)またはtruite(マス)で、少し違うだろうということで、ジャンジャンブル先生のお話だと、éperlan(キュウリウオ)に近いのでは、ということでした(確かに後で調べると、形がよく似ていてフライにして食べるようです)。ご飯は「桜海老と筍ご飯釜炊き」で、これも春らしい一品でした。「水物」(苺、甘夏、うすい豆羊羹)の後にお薄がでてきました。最後に庭を背景に記念撮影(写真)。本当に楽しいひと時を過ごすことができました。ジャンジャンブル先生ご夫妻も京都の夕べを満喫して、大変喜んでおられました。

Written on 4月 29th, 2019

ポスターsIMG_4270本学研究科の同僚で、女性学研究センター長を長年務めてこられた伊田久美子教授が今年3月で定年退職となり、その記念講演およびフェミニズム鼎談「資本主義批判としてのフェミニズム」(ポスター)をセンター主催で、3月29日に開催しました。年度末の忙しい時期にも関わらず、伊田先生の講義に100名もの方に参加してもらい、これも伊田先生のご人徳のおかげだと感激しました(右写真は、講演中の伊田先生)。伊田先生は、労働とジェンダーに関して長年研究されてきましたが、その原点は1970年代のイタリア・フェミニズム研究で、当時、イタリアでは家事労働賃金運動が起こり、無償のものとされた家事も労働の一部として賃金を払うべきという主張でした。日本でもテレビドラマで話題になったように、現在では家事労働がお金に換算するといくらになる、と見積もったり、家事・育児がどれほど大変な労働なのか、大部分の人が理解できるようになりましたが、70年代当時はマルクス主義者やフィミニストたちからも批判され、この運動は消滅してしまったそうです。ともあれ、1974年3月8日の国際女性デ―にはストライキ(家事労働、子どもの世話、買い物、性的サービス、売春のストライキ)を呼びかけ、家事労働を担う女性が外で働く労働者とともにストライキをしてはじめて、ゼネラルストライキとなる、と主張したとか。非常に斬新な考え方で、「近年再登場したフェミニズム運動は、その規模においても主張やスタイルにおいても家事労働賃金要求運動と多くの共通点」を持ち、70年代の人々にとってはラディカル過ぎたのかもわかりません。時代とともに女性たちも個としての主体性を持ち、Metoo運動のように、各個人がセクハラを告発する「一人称の主張」が生まれてきたこと、「もはや女の口を塞ぐことはできない」という伊田先生の言葉に感銘しました。70年代には労働者の隊列に家事労働者やフェミニストが加わろうとすると冷笑されのが、今やフェミニストのストライキの呼びかけに労働組合が参加する、という逆転現象が起きているそうです。伊田先生は70年代のチラシの貴重な図版や現在のイタリアでの国際女性デーのデモを写した写真など、視覚的にも大変興味深いお話をされました。

sIMG_4280伊田先生の講演の後に、元大阪女子大学女性学研究センター専任研究員(現在:お茶の水女子大学名誉教授)の足立真理子先生と東京大学名誉教授の上野千鶴子先生がコメントおよび、三人での討論が行われました(写真)。sIMG_4286上野先生曰く、「マルクス主義フェミニズムの三羽ガラス」の親友が揃った貴重な機会となりました。三人のお話の中で一番印象に残ったのは、グローバリゼーションが進む現在、ネオリベラリズムを推し進める企業はもはや、労働力の再生産(女性は新しい労働力を産む性、男性は継続して働く)を望まず、あるもの(移民労働者など)を使う傾向になってきており、それにどのように対処していくかが今後の課題になる、という問題でした。最後に花束贈呈(写真)がありました。伊田先生、長年、センターの活動や学生の教育など、いろいろお世話になりました。今後のさらなるご活躍を期待しています。

Written on 3月 31st, 2019

HOME | PROFILE | 研究活動 | 教育活動 | 講演会・シンポジウム | BLOG | 関連サイト   PAGE TOP

© 2012 村田京子のホームページ All Rights Reserved.
Entries (RSS)

Professor Murata's site