村田京子のホームページ – blog

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sIMG_3079大学の卒業式(現在は、学位記授与式と言います)があり、出席しました。人間社会学部はすでにないため、留学等で卒業が延びた学生さんのみで少し寂しい気がします。大学院では20名くらいの学生さんたちが修了しました。女子学生は着物や袴姿など、華やかな衣装で皆、輝いていました。修士課程を修了した私の学生、そして今年、定年退職される浅井美智子先生および、浅井先生の卒業学生さんたちと記念撮影(写真)。就職、進学と皆、進路は違いますが、大学で学んだ複眼的な視野を持って社会で活躍してもらいたいと思います。

Written on 3月 25th, 2017

オペラ・ガルニエでは新しい挑戦として文学作品をオペラに仕立て上げて上演する試みがなされ、バルザックの『人間喜劇』に登場するヴォートラン[本名:ジャック・コラン、またの名をトロンプ・ラ・モール(不死身)]を主人公にしたオペラとなっています。ヴォートランは『ゴリオ爺さん』『幻滅』『娼婦盛衰記』に登場する元徒刑囚で、表舞台には出られないため、貴族の美青年を使って社会征服を企てる「悪」を体現する人物ですが、作者バルザック自身の一種の分身でもあります。ヴォートランがリュシアンにかけたセリフ:「私はお前を拾って、お前に命を返してやった。だから被造物が創造者に属するが如く、お前は私の物だ」が有名です。この人物は元犯罪者で後に警察庁の班長となる人物(日本でも時代劇には岡っ引きの手下として働く元犯罪人が出てきますが、「蛇の道は蛇」と言われるごとく、闇の世界に通じている人物が警察の役に立っていたわけです)で、警察をやめた後は世界初の探偵事務所を開いたヴィドックがモデルと言われています。ヴィドックの回想録は当時、ベストセラーとなり、バルザックも面識がありました。ヴィドックはさらにユゴーの『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンおよび彼を追跡するジャベール警視のモデルでもあります。オペラでは『幻滅』の最後に借金のために自殺を考えて彷徨う美青年リュシアンを見かけたヴォートラン(この時はスペインの僧侶に変装してカルロス・エレーラと名乗っている)が彼を馬車で拾う、という場面から始まります。冒頭、大きなスクリーンにヴォートランの顔が映し出され、彼が薬を飲むと顔がみるみる醜く変形し別人に生まれ変わるsvautrin様子がリアルに描かれます。その後、クルチザンヌのエステルとリュシアンの出会い。銀行家のニュシンゲンが森でエステルを見かけて一目ぼれする場面、エステルを探索するスパイのペイラードとヴォートランの戦い、リュシアンに熱を上げるブルジョワの娘クロチルドや身分の高い貴族のセリジー夫人との絡み、最後のリュシアンの自殺やヴォートランの警察への転身など『娼婦盛衰記』の一部が幕間なしで2時間に渡って演じられました(写真はプログラムより:左からリュシアン役の Cyrille Dubois, ヴォートラン役のLaurent Naouri, エステル役のJulie Fuchs)。特にヴォートラン役のLaurent Naouriがその容姿も声もぴったりのはまり役。リュシアンは思っていたのとイメージが少し違っていました。音楽および脚本はLuca Francesconiで、コンテンポラリー音楽の作曲者ということもあり、従来、私たちが聞きなれているモーツァルトやロッシーニ、ビゼーなどロマンティックな曲調の音楽ではなく、むしろシェーンベルクのような不協和音に近いsIMG_3031sIMG_3032音楽で少し戸惑いました。舞台装置は素晴らしく、天井から柱が降りてくる演出など目を見張るものがありました。座席も中央のボックス席の前列で、昔、裕福な貴族やブルジョワたちがボックス席を年間で買い取って社交の場になっていたことを想像すると楽しい思いに駆られます(写真は舞台が始まる前の様子、天井はシャガールの絵)。ただ、時差ぼけがひどくて途中強い眠気に襲われて、眠気と戦いながらのオペラ鑑賞となってしまいました。

sIMG_3061後日、Luca Francesconi 氏(写真)、Sarah Barbedette 演劇部門局長、音楽担当のSusanna Mälkki氏、 演出家のGuy Cassiers 氏、バルザック研究者の Andrea Del Lungo氏によるターブル・ロンドがオペラ座であったので、それにも参加しました。そこでCassiers氏がオペラの意図として4つの層(下から第一の層が人物たち―泥沼にはまり込んで身動きできない。第二の層が流動する音楽、第三の層が舞台のからくり、第四の層が芝居全体を動かす力)の話をされ、それはバルザックの『人間喜劇』の三つの層(結果[風俗研究]、原因[哲学研究]、原理[分析研究])とつながるとDel Lungo氏がつなげたのが非常に興味深かったです。バルザック研究者も多く参加していて久しぶりにイギリス人研究者Owenとも再会できて楽しいひと時でした。

Written on 3月 21st, 2017

バレエオペラ・バスチーユのバレエ「真夏の夜の夢」を見てきました。シェイクスピアの原作をジョルジュ・ヴァランシンがバレエとして演出、舞台装置・衣装をクリスチャン・ラクロワが担当していて、妖精たちの水色やピンク、赤の衣装はそれぞれ軽やかで華やか、本当に夢の世界の雰囲気を醸し出していました(妖精たちの衣装には90万個のスワロスキーのクリスタルが縫い込まれているとか)。舞台も森の奥の幻想的な妖精の国がうまく表現されていました。まず、10代の少女たちの踊りから始まり、本当に可愛らしい踊りでした。その後、妖精の女王Titaniaが登場。妖精の王子Obéronが彼女に求婚しますが女王は相手にしません。さらに二組の恋人たち(赤の衣装を着たカップルと青の衣装を着たカップル)が登場しますが、青のカップルは仲睦まじいのに、赤の男性は青の女性に惹かれて、彼にしがみつく赤の女性をつれなく突き放します。青の女性にしつこく付きまとう赤の男、それを嫌がる青の女性は逃げ回る、赤の女性は赤の男性を追いかける、というように恋人たちの追いかけごっこが始まり、さらにいたずら好きのパックたちが悪さをして恋人たちはパックにかき回される、という状態。さらにパックにロバにされた男にTitaniaがパックの魔sIMG_3062sIMG_3065法で好きになる、という風に話が錯綜していきますが、最後はパックが元に戻して3組のカップルの結婚で終わる、という恋愛劇が描かれています。特にTitania役のEleonora Abbagnato, 赤の衣装の女性Laëtitia Pujolは本当に体がしなやかで軽やかな動きで見惚れてしまいました。妖精の王役のHugo Marchandもダイナミックで高い跳躍で目を惹きました。シェイクスピア劇は本来、欲望が入り混じる世界でもありますが、ヴァランシンのバレエは多少、官能的は場面もありますが、むしろ夢幻の世界を美しく描いています(写真は舞台最後の挨拶の場面)。観客には小さな子どもたちもいましたが、このバレエは子どもたちも十分楽しめるバレエとなっていました。日本人のバレリーナも加わっていて、プリマ目指して頑張ってほしいものです。座席が正面4列目真ん中だったのでバレリーナたちの顔の表情までくっきり見ることができました。

Written on 3月 21st, 2017

Jan_Vermeer_van_Delft_008ルーヴル美術館でフェルメールの特別展があると聞いて朝早くから出かけていきました。フェルメール250px-Vermeer_A_Lady_Writingはフランスでも人気が高く、見るためには予めインターネットで時間を予約しないといけないのですがすでに売り切れ。当日券があるのでは、と思い、開館の9時より15分前に列に並びました(土曜日なので客の出足が遅くなるという見込みが見事に当たりました!)。幸Jan_Vermeer_van_Delft_016い、すぐに入れて9時半の予約が取れ、オーディオフォンを借りてゆっくり見ることができました。フェルメールの≪真珠の首飾りの娘≫(図左)、≪手紙を書く娘≫(図右)、≪地理250px-Jan_Vermeer_-_The_Astronomer学者≫、≪天文学者≫(図左下)、≪レースを編む女≫(図右下)、≪牛乳を注ぐ女≫(図右下)、Vermeer_-_The_Milkmaid≪ヴァージナル[オルガンのような楽器]の前に座る女≫、≪信仰の寓意≫などが展示されていて、若い娘の輝くように白い肌、黄色地に白い毛皮がついた豪華な衣装やきれいな青の衣装を着た裕福な娘たちの無垢な姿が映し出され、さらに彼女たちのお稽古事(リート、ヴァージナル)やレース編み、手紙(おそらく恋人に宛てたもの)に集中している(または、ふと書くのを中断してこちらに顔を向けている)様子が生き生きと描かれています。フェルメール特有の美しい青色も引き立っていました。さらにフェルメールと同時代の風俗画家(メツー、ネッチェル、テルボルフなど)の絵画も展示され、フェルメールと比較することができます。特に面白かったのは男女のきびを描いたもので、ミーリスおよびオクトかきヴェルトの≪牡蠣≫では、二作とも椅子に座っている女性に男が牡蠣を勧めているところが描かれています(図下)。「牡蠣」は媚薬的効果を与えるとしてエロチックな意味があり、人物の後ろにベッドが描かれているのが暗示的です。フェルメール展と同時に併設されていた「ヴァランタン・ブーローニュ カラバッジョの再創造」も見てきました。カラバッジョほど激しい色ではありませんが、ゴリアテとダビデ、ユーデットとホロフェロネスなど神話的な主題が描かれていて興味深かったです。さらにレンブラント展も見てきましたが、ルーヴルはあまりにも多くの作品が展示されていて迷路のようで、自分の見たい絵を探し当てるのにぐるぐる回り、3時間半歩き回るとすっかり疲れてしまいました。もう一つ Corps en mouvement. La danse au muséeも見たかったのですが、結局たどり着くことができず、ギブアップしました。

Written on 3月 21st, 2017

sIMG_3046パリで定宿にしているホテルがロダン美術館のsIMG_3038すぐ近くなので、散歩がてらロダン美術館へ。ここには何度も来ていますが、晩年のロダンが制作に使っていた館(元は貴族の館)で、有名な《考える人》(写真左)の像が観光客をまず出迎えてくれます。また、ロダンのバルザック像も有名ですが、様々なバルザックの頭像やsIMG_3041全身像(写真)がありました。ロダンの作品には苦悶する人物像および、接吻する男女像が多く、sIMG_3044激しい感情がエネルギッシュに描き出されています。ロダンの女弟子のカミーユ・クローデルの頭像もありました。カミーユとの愛憎劇は有名で、カミーユは才能豊かな芸術家でしたが、最後はロダンとの関係に傷ついて精神錯乱に陥ってしまうという悲劇的な人生を歩みます。女性が芸術家として生きていくことの難しさを痛感します。庭には《地獄の門》(写真)や彫像が建っていて、季節のいい時には絶好の散策コースとなっています。

Written on 3月 21st, 2017

sIMG_3051昨年に来日されて京都で一緒にsIMG_3048食事をしたジャンジャンブル先生が昼食に招待してくれました(写真左)。アンヴァリッド手前のエスプラナードに面したDivellecという魚介類専門のお店ですごくシックな店内、料理も非常に洗練されたものでした。前菜は魚のすり身にアボガドのソースがかかったもの(写真右)。メインは白見魚にミニキャベツ、ソースが美味でした(写sIMG_3049真左下)、デザートは苺のソースがかかった木苺sIMG_3050とメレンゲ、アイスクリーム(写真下)。どれも見た目も凝った繊細な味で大満足。このレストランは著名な政治家が集まる店だとか。先生はもうすでにカーン大学を退職されていますが、今でも地元で文学講演会を催されて、毎回100人にのぼる人が講演を聞きにくるそうです。今年のテーマは「家族」でバルザックやサンド、ゾラ、ユイスマンスなど19世紀の作家の作品における家族のテーマ(家族の崩壊)の話をされたそうです。フランスでも文学離れが起こっていますが、とりわけ仕事を引退した年配の人たちの関心は大きいということでした(日本でも同じだと言えます)。奥様は地元の芸術協会の責任者を務め、60人にわたる会員を引き連れてマルモッタン美術館やギュスターヴ・モロー美術館などに引率しているそうです。文学、映画、オペラ、美術についていろいろ話ができ、さらにおいしい料理も味わえて、本当に楽しいひと時でした。

Written on 3月 21st, 2017

この二つの美術館はルーヴル美術館の近くにあり、並び立っていて両方を一度に見ることができます。まず、モード美術館では特別展Tenue correcte exigée. Quand le vêtement fait scandale(「要求される正しい衣装;服装がスキャンダルを引き起こすとき」)を見ました。18世紀のマリー・アントワネットの時代から現代にいたるまでのとりわけ女性の服装で、社会的規範、道svlbmarose徳に反するものとして非難されたsindex衣装を展示したもので、非常に興味深いものでした。例えばマリー・アントワネットの肖像画にはコルセットをつけていないシュミーズ姿(左図)のものがありますが、いわば下着姿をさらけ出しているわけでタブー違反であったわけです。現代で言えば、マドンナが下着を強調したゴルチエの衣装(写真右)を着てセンセーションを引き起こしたようなものでしょうか。女性の乗馬服アマゾンも長いスカートで足を見せないようにしていますし、ジョルジュ・サンドのように男装(左下図)すると、かなりのスキャンダルとなったわけです。日本のデザイナーの川久保玲のComme des garçons に代表される男の子のような服、山本耀司のデザインのように服の一部が破れているルンペンルックが(写真右下)syamamoto流行ったのも紹介されていました。逆に鏡の前に何時間も立って念入りな身繕いをするダンディ(図版)、スカートをはく男性ファッション(写真)、男女同じユニsdandyセックスの衣装、化粧する男性像もあり、「男らしさ」「女らssand caricature5しさ」という範疇がだいぶ乗り越えられてきたのスカートかもわかりません。装飾美術館では中世からアール・ヌーヴォー、アール・デコ、現代にいたるまでの室内装飾と美術工芸品が展示されていて、今回は18世紀~20世紀までの食器(銀食器、金製品など豪華な食器)が展示(写真)sIMG_3053されており、バルザックやゾラの小説の大饗宴に出てくる豪華な食器が具体的にどんなものであったかが想像できるようになりました。19世紀の有名人の部屋も再現されていましたが、私にとって興味深かったのは第二帝政期の有名な高級娼婦ヴァルテス・ド・ビーニュの寝室(写真)が再現されていたことで、ゾラが高級娼婦を描いた小説『ナナ』の主人公の寝室はヴァルsIMG_3057テスの寝室をモデルにしたと言われています。また、現代の女性の芸術家の作品を集めたコーナーもあり、芸術の世界でも男性中心主義が台頭していましたが、女性の作品も評価されるようになったことは良かったと思います。しかし展示があまりにたくさんあり、2時間くらい歩き通しで足が棒のようになりました。

Written on 3月 21st, 2017

sIMG_2985パリ北駅からコンピエーニュ行きの列車で23分のとこsIMG_3010ろにあるシャンティ城(写真左)に行ってきました。この城はルイ14世の寵臣コンデ公の城で、そのお抱え料理長ヴァテルの悲劇的なエピソードが特に有名です。コンデ公は国王以下の宮廷人多数をシャンティ城に招き、大祝宴を行うことにし、ヴァテルにその監督実行を命じました。この祝宴は歴史に残る豪華さで知られ、3日間の祝宴で5万エキュを要したと言われますが、実行責任者のヴァテルは与えられた準備期間が短かったこともあって疲労甚だしく、しかも3日目に届くはずの魚介類が届かなかったため、祝宴の失敗を確信して剣で体を3回突いて自殺を遂げた(実際は彼の自殺の直後に魚が続々と届き、祝宴は滞りなく終わった)というものです。ジェラール・ドゥパルデュ主役で映画にもなり、シャンティ城にはヴァテルの厨房がある(今はLa Capitanerieというレストランになっている)ので、今年の秋に「バルザックと食卓の表象」をテーマに国際シンポジウムを開催することもあり、是非ヴァテルがいたお城を訪れたいと思った次第です。いつもなら3月のパリでは春はまだ先のはずが、日中は気温が22度にまで上がり、すっかり初夏の雰囲気でした。ベルサイユ宮殿と比べると小さなお城ですが、一面に広がる青空のもと、緑の草地にお城だけが建っているという素敵な光景でした(写真右:広大な庭はベルサイユと同じくフランス式庭園となっています)。まず城の門の正面には狛犬ならぬ狩猟犬の像が2つ私たちを迎えます。狩猟の盛んな土地だけあって、狩猟道具が展示されており、さらに豪華なアパルトマンschateau2(写真左)sIMG_2990が続いています。特に面白かったのは「大型群猿図室」で壁、天井全体が中国風の装飾(写真右)となっており、18世紀半ばにクリストフ・ユエが作成した猿の図柄が壁一面に張り巡らされ、日本の鳥獣戯画のように、当時の人々の風習のカリカチュアとなっているそうです。schateau1図書室(写真)は特にフランス革命時代に大コンデ公の子孫のコンデ公が亡命中、所有していた土地を売って得た莫大な財産を貴重な書を集めるのに費やしたそうで、大判の貴重な本や美しい装丁の本がずらっと並んでいる様子は壮観でした(ちなみにコンデ公のお抱え料理人が革命で失業して、パリのパレ・ロワイヤルに店を構えたのが現在の高級レストランの原型となっています)。ここにはかつて、ロヴァンジュールが収集したバルザックに関する膨大な資料が収容されていて、バルザック研究者はシャンティに通って研究したそうです(駅から歩くと20分もかかり、なかなか大変だったと思います。ロヴァンジュール文庫は現在、パリのInstitutにあります)。さらに絵画ギャラリーが充実していてラファエロの≪三美神≫や聖母マリア像(写真左)sIMG_3002ルネサンス期の国王の肖像、ディアーヌ・ド・ポワチエをモデルにしたとsIMG_3004されるフォンテーヌブロー派の絵やプッサン、グルーズ、ワット―、そしてドラクロワ、アングル(写真右)、コローなど様々な時代の巨匠の絵が所狭しに展示されていました。昼食はヴァテルの厨房を改装したレストランでサーモンのアントレに牛肉の料理を頂きました(写真はレストランの銅鍋sIMG_3015をバックに同僚の先生と一緒に撮ってもらいました)。その後は広大sIMG_3019な公園を散歩、さらに大厩舎とIMG_3027馬の博物館(写真下2枚:馬も飼われていてショーも行われるそうです)を見学。近くのシャンティ競馬場でこの日もレースがあったそうで、何年か前に日本の武豊騎手も来たそうです。パリから少し離れて新鮮な空気を吸って、エネルギーを充填した一日でした。

Written on 3月 21st, 2017

友人たちとパリのノートルダム寺院からも近いモベール・ミチュアリテの「アリアンス」というレストランで夕食を取りました、シェフはパリに来てから17年目の大宮さんという日本人で、ミシュラン一つ星を獲得したばかりの評判の店でした。6~7テーブルしかないこじんまりしたお店で奥の厨房はガラス張りになっていて調理の様子が見えるようになっていました。コースは2種類で私たちは6品の出るコース(もう一つは8品)を選びましたが、世界三大珍味の一つ、黒トリュフを全部の料理に使ったものと、トリュフ抜きの二つの選択があり、トリュフ入りは40ユーロ高くなる、というものでしたが、せっかくなのでトリュフ入りを注文。まずはロsIMG_2973ゼのシャンパンで乾杯。お米のチップスにウイキョウのクーリエ、マスの卵が乗ったものと、ブリオッシュとコーヒークリーム、カリフラワーの乗ったもの(写真左)をつまみ、アミューズ・グールはニンジンクリームスープ(写真右)sIMG_2974で、繊細な味のスープでした。次の帆立とセロリ、黒トリュフが入った品(写真左下)。また魚はあんこうsIMG_2975をローストしたもの(フランスでもあんこうlotteは良く食べられるそうです)に出たばかりのグリーンアスパラガスが付け合わせ(写真右下)sIMG_2977。肉はsIMG_2976鴨のフォワグラに黒トリュフ、しょうが入りソース(写真)、さらにsIMG_2980リ・ド・ヴォー(ris de veau: 子牛の胸腺肉)にアーティチョーク(写真)とじゃがいもの付け合わせ、デザートも濃厚なチョコレートにトリュフが入ったsIMG_2983もの(写真)で食べ応えがありました。出てくる料理は伝統的なフランス料理(量が多く、バターをたっぷり使ったもの)とは違い、懐石料理のように量自体は少な目ですが、それが重なるとかなり満腹になります。ワインはジュラの赤ワイン―すっきりした味わいの Côtes du Jura « En barberon » (Pinot noir)―を選び、友人たちと楽しい会話を楽しみましたsIMG_2984(シェフを囲んでの写真)。7時半に店に入りましたが、気づくと11時になっていました。ソムリエも日本人男性で、パリには日本人のシェフが大勢いてそれぞれ腕を競い合っているそうです。美食の町パリで日本人が頑張っているは本当に素晴らしいことです。

Written on 3月 21st, 2017

sIMG_2929フォンダション・ルイ・ヴィトンがブーロニュの森に建築家フランク・ゲーリーに依頼して建てた美術館に行ってきました。残念ながら展覧会は時季外れでやっていなかったのですが、建物自体がすごいので一度は見に行く価値があります。大きな帆船を連想させる巨大な建物(梁が楕円形に撓んでいてそこに青や緑、赤が白に交じるガラスパネルが取り付けられている)に太陽の光が当たると赤、青、緑色の光の影が下のガラス屋根に映って見え、また違った印象を与えます(写真左)。ゲーリーの手法はキュビスムやポップ・アートの影響があるそうですが、色彩はセザンヌなどの印象派の影響が強いそうです。コンサートなど様々なイベントが行われるオーディトリウム(写真右)sIMG_2938は両側全体がガラス張りになっていて、建物の東側の水が階段状に流れ込む水盤へ開けています。客席は可動式で1000人まで収容できるそうで、白い壁は日本の企業製の細いアクリル板を手作業でつないだもので、音響効果を最大限に高める工夫がなされているそうです。外の黄色の三角状の柱は角度が微妙に違う形で配置され、一面が鏡になっていてそこを通る人の姿が鏡に映りこみ、二重、三重sIMG_2942に見える不思議な世界となっていました(写真左下2枚:右は15人くらいが何倍にもなって写っています)。sIMG_2948美術館内のレストラン「ル・フランク」はパリのレストラン「レ・タブレット(Les Tablettes)」のオーナーで、ミシュランガイドで星を獲得しているシェフ、ジャン=ルイ・ノミコスが担当し、フランス料理からインスピレーションを受けたナチュラルな料理sIMG_2952(写真右下)を出していて、私たちはランチを頂きました。ワンプレートに載った見た目も美しい料理で、特にかぼちゃのスープとマッシュポテトに卵を落とし、クリームソースがかかった一品がおいしかったです。レストランの天井を埋め尽くしているのはフランク・ゲーsIMG_2966sIMG_2951リーの魚たち(写真)で、1日の時間帯によって色が変化するそうです。ランチの後は建物の最上階までエレベーターで昇り、テラスからデファンスの超近代的な建物やエッフェル塔などを見ることができました。また、建物を出ると広い公園になっていて、中国風の庭園(写真)や日本の伝統的農家(木曽の大きな農家を模した建物)の展示などもあり、また遊園地や動物園もあって、子どもたちの歓声が響いていました。パリは都会空間の中に公園が散在していて家族が散歩やピクニックを楽しんでいて羨ましい限りです。

Written on 3月 21st, 2017

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