村田京子のホームページ – blog

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sIMG_4184先日、~歳の誕生日を迎えました。娘が誕生ケーキを作ってくれて家族でお祝いをしてもらいました。ケーキのデコレーション、なかなかきれいにできています(写真)。マジパンで花を作るのが一番時間がかかったそうです。娘に感謝! 夫も赤飯を炊いてくれました(この年になると誕生日がきても、また年をとったと複雑な気持ちになるだけですが。。。とりあえずは家族に祝ってもらってうれしいです)。

ちょうどその誕生日に、以前に委員をしていた堺市の個人情報sIMG_4188保護審議委員会のメンバー二人が任期満了で委員を退くため、送別会があり、私も参加しました。左の写sIMG_4186真中央の花束を持っているお二人と、同じく同僚の女性教員と4人で撮ってもらいました。市役所の方々も含めて委員全員の集合写真(写真右)。久しぶりに会う方々もいて、月一度の委員会で顔を合わせるだけでしたが、弁護士や大阪ガスの所長さん、NHKの方など普段はあまり合わない異業種の方々と話ができて非常に刺激的でした。写真からも和気あいあいとした雰囲気がにじみでていると思います。堺市も政令指定都市で独自の政策を打ち出していて、市役所の方々との話も面白く、また仕事とは違う家庭(子どものことなど)の話はどこも共通で、些細な話題にも盛り上がりました。またメンバーの皆さんと再会できれば幸いです。

Written on 2月 2nd, 2019

sIMG_4177先日、「西洋文化史」の授業でゲストスピーカーとして話をしてsIMG_4178もらうことになっている辻料理研究所の山内先生、八木先生たちと打ち合わせを兼ねて夕食をご一緒しました。辻調理師学校のフランス、リヨン校を首席で卒業し、ポール・ボギューズの元で修業したという、亀井シェフの店(谷町4丁目駅の近く)で待ち合わせ。ビストロ料理を主に出す店だそうですが、今回はシェフお任せの本格的な料理を出してもらいました。まず、前菜として菜の花の上にカワハギのきもあsIMG_4180え、大根の薄片にキャビアが乗っています(写真左)。ワインは白で飲み口のいいブルゴーニュのサン=ヴナン。次にフォワグラのポワレ+黒トリュフが玉ねぎのコンソメスープの中に浮かんでいるもの(写真右)。sIMG_4181トリュフが香ばしく、フォワグラも思ったよりあっさりして食べやすかったです。コンソメスープが絶品。最近は昔ながらのポタージュは出なくなったそうです。次にシタビラメのフェルナン・ポワン風(フェルナン・ポワンはリヨン郊外のレストラン「ラ・ピラミッド」のオーナーシェフで、亡くなるまでミシュラン三つ星を守り続けたという伝説の料理人)。日本にはシタビラメはあまり存在せsIMG_4182ず、赤ヒラメが大体売られていて、フランスのシタビラメとは味も違うそうです。グラタン風で、中に幅広のパスタが入っています(写真左)。赤ワインはシャトー・ヌフ・デュ・パップ。これもまろやかな味わいで料理にぴったり(ワインは八木先生が選んでくれました)。メインはシャラン鴨(写真右)。定番のオレンジソース。鴨肉は場合によれば、臭みが残りますが、さすがここでは全く臭みがなく、焼きむら(肉のどの部分にも同じように火があたるよう、何度も肉をひっくり返すとか)もなく、しかも柔らかい!(低温調理?)。分厚い切れですが、全然気にならない厚さでした。デザートはクレーム・ダンジュ(チーズケーキ)にフランボワーズのアイスクリーム。おしゃべりと料理に夢中になり、あっという間に4時間が過ぎていました。お二人の先生からは最近のレストラン・料理事情をたっぷり聞かせてもらいました。

Written on 1月 20th, 2019

sIMG_4165先日、京都祇園の花見小路を少し行った南の路地(かsIMG_4166なりわかりにくい所)にある、和風料理の店「大渡」に行ってきました。町屋風のお店で靴を脱いで通されたところがカウンターになっている、という小さな店(9席)ですが、料理だけではなく、店の大将が面白いという評判のお店のようです。食事は夜のみで、1コースのみと決まっています。まず出てきたのが、冬至にちなんで「ゆずがお風呂に浮かんでいる」イメージ(写真左)のお皿。ゆずの中身はふぐの白sIMG_4167子をこしたものに、ウニ、アワビが入っている、という贅沢な一品。次はわけぎsIMG_4172のヌタ合え(写真右)に、あんこうの肝のペースト、アーモンドのスライスがのっています。次がカニの身が上にのった(茶色の部分はかにみそ)蒸し寿司(写真)。見た目もきれいで美味。お椀は白みそ仕立てで、大根とフカヒレが入っていました。次は、何とクリスマスシーズンということで、眼の前で鳩をロースト(大将は八坂神社の鳩も、数が減るな、という冗談を交えながら焼いていました)。和風料理にジビsIMG_4168sIMG_4169エが出てくるのは珍しい!その鳩肉を薄く切って、おもゆの上に乗せ、クワイのクルトン、鳩のスープ出汁に鰻のたれをsIMG_4174混ぜたソースがかかっています。鳩肉は臭みが全くなく、クワイのクルトンは初めて食べましたが、歯ごたえも良く、おいしかったです(鳩の鳴き声の連想でクルトンとか)、おもゆは「思いれたっぷり」という洒落とか。次にかぶらの煮物が出た後、大きなぶりの熟成肉(5日間熟成したものとか)。最近、牛肉でも熟成肉が流行していますが、ぶりも熟成できるようです。刺身にすると油が勝つ形になりますが、熟成するとしっとりとした食感となります。写真はぶりを手にする大将。ぶりを薄く切ったものに、白わさびがのっていました(写真)。最後のメインが生きたせこがに(写真)を眼の前で解体、その足をお湯でさっと通したものがでてきました。その後のカニ雑炊が本当に絶品の味で、隣の男性など4杯もおかわりして食べるほど。デザートはきなこをたっぷりまぶしたわらびもち。すっかり満足して京都を後にしました。

Written on 12月 27th, 2018

ポスター奈良女子大に、マルティーヌ・リード リール大学教授の講演sIMG_4152「「異性装」の意味するところ ジョルジュ・サンドとコレットをめぐって」を聞きに行ってきました(ポスター)。あいにくの雨模様でしたが、ジェンダー言語文化学プロジェクトということで、大勢の学生さん、教員の方々が集まってこられ、80名を越す参加者で教室が満杯になるほどでした。リード先生の奈良女子大での講演は2度目で、非常にわかりやすく、面白いお話をされました(写真)。講演の前半は、フランス革命からの服装史を簡単に説明され、服装がいかに社会階級や身分、貧富の差を表すか、ということと、ジェンダー的に見れば、男の服装は動きやすくできているのに対して、女の服は動きが阻害される窮屈なもので、公的空間で自由に動くことができなかったこと、さらに異性装(ズボン)は女性には禁じられていた(カーニヴァルなどを除く)ことを説明されました。後半はジョルジュ・サンド(1804-1876)およびコレット(1873-1954)がなぜ「男装」したのか、その理由を探るものでした。サンドの場合は、実用面(お金が安くすむ)、活動面(自由に公共の場に出入りできる)、「男性作家」と肩を並べる手段、というのが男装の主な理由で、自らの才能が認められてからは、男装をやめたため、男装の時期は短いものでした。コレットはまず、夫のペンネーム(Willy)で『学校のクロディーヌ』を出版しました。さらに夫のプロデュースで自作の作中人物の扮装(女生徒の衣装)をして、先生然としたウィリーの前で跪いているというポートレート写真(ジェンダー構造がよくわかります)を出したりしました。その後、パントマイムの勉強をして女優マチルド・ド・モルニとカップルでそれぞれ男性を演じたり(男装)、その「妻」役を演じたりしてスキャンダルを引き起こしました。そして夫と離婚した後は、「コレット」という名で小説『雌猫』を出版するわけです。彼女の場合、半人半獣の「フォーン」をほぼ裸で演じた写真を残したりしていて、サンドの頃のカリカチュア(Bas-bleuブルーストッキングとしてかなりカリカチュアで揶揄されました)ではなく、写真という媒体によって自らの主張を発信していて、時代の変化が伺えました。

sIMG_4158 sIMG_4161講演の後、質疑応答も活発に行われ、2時間があっという間に過ぎました。その後、近くのフレンチレストラン「ラ・フォルム・ド・エテルニテ」でサンド研究者同士の交流会を行いました。このレストランは大阪で人気を博した後、奈良に移って来ただけあり、繊細な料理を出してくれました。前菜は白身魚のマリネ(カルパッチョ)(写真左)と奈良産レタスのグラタン(ベーコン入り)、メインは鱈、および猪肉sIMG_4155(写真右)を選び、皆でパルタージュ。猪(singlier)はフランスでもジビエ料理で出てきますが、リード先生は初めて食べたそうです。全く臭みがなく、おいしい猪肉でした。デザートはクレーム・ブリュレに栗のアイスクリーム、トリュフ入りと贅沢なデザート。スパークリングワインと赤ワインを料理と一緒に飲み(写真は最初の乾杯の時)、すっかり満足の一日でした。

Written on 12月 8th, 2018

フロント先日、友人たちと越後湯沢からタクシーラウンジで20分の山奥(大沢スキー場のある山が真正面にある)の「里山十帖」という宿に泊まってきました。この宿のコンセプトはHPによれば、「四季折々、さまざまな物語が展開される自然豊かな里山。豪雪に耐えてきた黒光りする梁と柱。古民家と共存する、世界を代表するデザイナーの家具。創造力と創作欲をかきたてる現代アート。そしてなにより、自然の力強さを感じる食……。里山十帖はお篭もり旅館でも、サービスを競うホテルでもありません。「Redefine Luxury」。私たちは体験と発見こそが、真の贅沢だと考えています」とのこと。温泉がついていますが、いわゆる温泉旅館ではなく、玄関に入ると眼に入るのは、黒くて太い大きな柱が頭上にはりめぐらされた天井の高い吹き抜け(写真左:フロント、椅子などの家具もお洒落でした!)で、フロント横の階段を上がるとラウンジになっていて、コーヒーや、夕食前のアペリティフ(特に梅酒をにごり酒につけたものがおいしかった!)を楽しめます(下の階の薪がくべられた暖炉の暖かい空気が上にあがって、ラウンジはぽかぽか)。部屋は和風ではなく、洋風(ベッド)sIMG_4093で、デザイナーズ・ルームのため、部屋によって内装が違うというsIMG_4095もの。ベランダには一人用の露天風呂もついています。大浴場はそれほど広くないのですが、露天風呂からは夜は星空(この日は残念ながら、月とかすかに星座が見えるくらいでした)、朝は日の出が見えます。料理に関して言えば、これもHPによれば、『早苗饗 −SANABURI−』と名付けられ、「伝統を大切にしながらも、ジャンルにとらわれない新しい饗応料理を目指し」、テーマは「大地の恵みを感じていただくこと」sIMG_4098「食材の力を感じていただくこと」。「料理を担当するのは「ミシュランガイド関西」で三ッ星を獲得している京都「吉泉sIMG_4099」で修業したチーフ・フードクリエイターと、スリランカでアーユルヴェーダを学んだヴィーガン料理に長けたシェフ。さらにクリエイティブ・ディレクターの岩佐十良のアイデアが融合」したもの。したがって、コースのほとんどが野菜か山菜の料理となっています。まず、前菜(写真左)は、イチジク、柿、八色椎茸。もみじの葉が秋を物語っています。次に「新潟の秋」(写sIMG_4103真右)。菊花、里芋、林檎、柿、あけび、新生姜が美しく載ってsIMG_4091います。3つ目は大きな「赤かぶ」(写真左)で、ふたをあけるとかぶのスープとなっています。4つ目は「佐渡」(写真右)。ワカメ、アジ、インカ(じゃがいも)など。5つ目が秋鮭に山のハーブが載ったもの(写真)。最後に「煌麦豚と山葡萄」(写真)。山葡萄を豚肉に載せて食べると、山葡萄のぷりぷりした食感も味わえて非常にマッチしていました。最後に土鍋で炊いた新米(コシヒカリ)を頂きました。お米は近くの田んぼで作った自家製、ハーブも作っていて(または三つsIMG_4111葉やクレソン、スイバなどは自生)、夕方、スタッフの方(写真)が近くを案内してくれ、私たちもハーブ摘みのお手伝いをしました(写真は、山道で見つけた小さな滝)。温泉は、無臭ですがしっとりした湯質で、肩凝りも少し取れたような気がします。日常生活を離れて、こうした山奥で過ごすことで、心身ともにデトックス効果があるのではないかと期待しています。

Written on 11月 4th, 2018

藤田藤田嗣治展(ポスター)を見に、京都国立近代美術館に行ってきました。金曜は夕方時間延長して開いているので、4時過ぎに美術館へ。おかげでそれほど混んでおらず、ゆっくり鑑賞することができました。藤田といえば、「乳白色の肌」で、ポスターの女性の顔や手に見られる美しい白のつるつるした独特の質感は藤田ならではの技術と言えるでしょう。彼がフランスに渡ったのは1913年、パリに着いてすぐにピカソの絵に衝撃を受け、キュビスムのような絵を描いています。それから風景画、静物画などを描いて修業をし、彼独自の「乳白色の肌」を生み出したのは1920年代、ちょうどベル・エポックまたは「狂乱の時代」と言われた時代で、パリの南側、fujitaモンパルナスには「エコール・ド・パリ」と呼ばれる様々な国籍の芸術家が集まりました。ピカソ、モジリアニ、ユトリロ、シャガール、スーチン、リベラ、ザッキン、レジェなど錚々たる画家たちが一堂に会しています。その中で他の画家とは違う色彩の絵を目指したのが藤田の「乳白色」であり、そ猫れがパリの画壇で認められることとなったわけです。それに引き換え、日本では彼の絵は評価されず、さらに第2次世界大戦で戦争画を描いたために戦後、戦犯扱いされて藤田は日本を離れ、晩年、フランスに帰化することになります。才能があればどの国の芸術家でも受け入れるパリと、この時代の偏狭な精神に溢れた日本との違いかもわかりません。戦犯扱いされた藤田ですが、その《アッツ島玉砕》などは戦争昂揚のためのものというよりも、戦争の悲惨な光景(断崖から飛び降りる人や、死者が折り重なる様子など)が描かれていて、むしろジェリコーの《メデューサ号の筏》やドラクロワの《キオス島の虐殺》を想起させます。恐らく藤田もジェリコーやドラクロワを目指したのではないかと思われますが、ただ彼らほどの迫力には至っていない気もします。中南米での絵画や日本で描いたものは作風も違い、茶色地のものが大半ですが、やはり「乳白色の下地」が藤田らしいと思います。彼は裸婦を多く描いていますが、裸婦の肌を引き立てる、花柄の装飾模様の布など、その背景も素晴らしいものです。今回、日本初公開の《エミリー・クレイン=シャドボーンの肖像》(右図)は、背景に銀箔が使われ、「横長の画面は日本の障壁画を思わせる」とされています。青いドレスに黒字に金箔の刺繍が入ったベスト、さらに花柄のクッションが丁寧に描かれています。藤田の肖像画には猫がつきものですが、普通は日本猫なのに、この絵では黒猫となっています。また、《争闘(猫)》(左図)は、猛々しい猫たちの躍動感溢れる姿が描き出されています。1940年制作で、ちょうどナチス・ドイツが台頭していた時期にあたり、第2次世界大戦勃発後の世情を映し出したものと言えるでしょう。

sIMG_4131絵の鑑賞の後、近くの中華レストラン「静華」で夕食をとって帰りました。sIMG_4135この店は一見、フレンチレストランのようで、出てくる料理も非常に洒落ています。最初に出てきたアミューズ・グール(写真左)は、「桃の花の涙」、白クラゲに梨。また、一見、麻婆豆腐に見えるものが実は、豆腐の代わりにモッツォラレ・チーズであったり、ガチョウ肉になぞらえた湯葉とか、遊び心一杯の料理でした。特にきれいだったのが、鯛の刺身(写真右)。明石鯛の刺身にナッツ、きれいなsIMG_4139色のゼリー寄せがついています。また、牛肉に米粉をつけて揚げたものを野菜と一緒に蒸した蒸し物(写真)も珍しく(中国のsIMG_4141伝統的な家庭料理とか)、デザートはきれいな色のフルーツ・ティーにゴマ団子、シャインマスカットのジュレなど(その前に出た杏仁豆腐もすごく柔らかくで絶品でした!)。藤田の絵で眼を楽しませた後、おいしい食事も食べてすっかり満喫した一日でした。

Written on 11月 4th, 2018

IMG_4043公開講座の聴講生の方たちとの恒例の懇親会に参加しIMG_4044ました。今回は、淀屋橋駅近く、大江橋を渡ってすぐのレストラン「sumile」が会場。川沿いの素敵なレストランで、店のホームページによると、「sumile(スミレ)は、ニューヨークで誕生したDREAMS COME TRUEの思いが詰まったレストラン。吉田美和のソロワークとしてリリースされたファーストアルバム「beauty and harmony」シンボルフラワーであるスミレの花をIMG_4045モチーフに、人々の笑顔 = Smile(スマイル)を願い「suIMG_4046mile」と名付けられました」とのこと。会議場にもなるような天井の高い、広くて明るい会場で、25名もの方が参加してくれました。料理はアミューズ・グールの後、オードブルは鯛のカルパッチョにワカメのソース(写真左)。パスタはパンチェッタ(豚のベーコン)としめじのクリームパスタ、上にはマイクロセルフィーユが載っています(写真右)。メインは鰆のポワレ(少しカレー味)。長芋や里芋、冬瓜(?)の付け合わせ。デザートもおいしくて、どの品も満足のいくものでした。最後に記念撮影(写真)。皆、笑顔で写っています。夏を思わせる快晴で、日傘をうっかり持って来なかったので、太陽の光が眩しいほどでした。幹事の梅村さん、南さん、御苦労さまでした。

青磁食事の後、有志の方たちと、近くの東洋陶磁美術館へ「高麗青磁」展を見青磁2てきました。高麗青磁は高麗王朝(918-1392)滅亡とともに姿を消し、「幻のやきもの」とされていたのが、19世紀末~20世紀初頭に墳墓などから発掘され、再び世に出たとのこと。「翡翠の煌めきにも似た」美しい釉色の高麗青磁は、一躍脚光を浴びるようになったわけです。「九龍浄瓶」(写真左)は、「九龍灌頂」の説話にちなんだ、九龍をモチーフにした作品で、九龍の口から浄水が流れる仕組みになっているそうです。それぞれが精巧で、九匹の龍からどのように水が出てくるのか、実際に水を入れて試してみたいものです。また、次の青磁(写真右)は、ひょうたん型の注器(水や酒などを注ぐ)で、童子が葡萄の蔓をよじ登っている姿が描かれ、子孫繁栄の願いが込められているとか。また、シンプルながら丸みがなんとも美しい酒器や、美しいラインの油滴天目茶碗(写真下)などがあり、こうした茶碗でお茶を一服、飲んでみたいものです。この展覧会は、「祈り」「喫茶文化」「飲酒文化」を切り口とした高麗青磁の魅茶碗力を紹介するもので、あわただしい日常を忘れて、ゆったりとした時間を過ごすことができました。

Written on 9月 20th, 2018

IMG_4012九州に来たついでに、嘉穂劇場へ。ここは、歌舞伎小屋としIMG_3995て昭和6年に建てられた劇場で、「桟敷」「木造桝席」「廻り舞台」(人力で動かす)などがある、全国でも数少ない劇場(金毘羅劇場など)の一つです(写真左)。当時の観客は、筑豊の石炭炭鉱の労働者とその家族が中心で、大衆演劇や歌手の公演などで賑わったそうで、当時のなつかしいポスターが所狭しと貼られていました。2003年に大雨によって劇場が被災した後、復旧イベントに有名芸能人たちが駆け付け、2004年9月に復興したそうで、すごくきれいな劇場でした。小道具部屋や奈落も見学でき、枡席(写真右)にも座ってみました。桝席は少しずつ傾斜していて、後ろの人も見えやすくしているそうです。海老蔵の公演も近々あるようで、観劇しながらつまむ駄菓子も売っていて、いかにも大衆の場という雰囲気でした。昔は炭鉱夫たちで連日の賑わいで、相撲の巡業もあったそうですが、現在は催しが減ったそうで、時代の流れとはいえ、なくならないで存続して欲しいものです。

白蓮伊藤邸次に、朝ドラの「花子とアン」で有名なった、炭鉱王伊藤伝右衛門の屋敷(写真)を見学しました。貧しい炭鉱夫から成り上がった伝右衛門が、大正天皇ともつながる高貴な家柄の美女、白蓮を後添えとして迎えるにあたり、彼女のために建てた屋敷で、四つの居住棟と三つの土蔵を持ち、池を配した広大な回遊式庭園(写真下)を持つ近代和風式豪邸(敷地面積、約2300坪、建物面積300坪)となっています。歌人として有名な白蓮(写真)は25歳の時に、兄の借金の形に無理やり50歳の伝右衛門の所に嫁がされ、10年間この屋敷にいましたが、竹久夢二の絵のモデルの女性とも言われ、当時の三大美女の一人でもありました。伝右衛門は、身長の低い彼女(140センチほどだったとか:彼は180センチ)のために、顔を洗う水場も低くし、トイレも日本初とも言える洗浄式トIMG_4018イレ、応接間のステンドグラスの白く光る部分はダイヤモンドをあつらえるなど、彼女を喜ばすことに気を配ったようです。そして白蓮の書斎(2階)からは美しい庭が一望でき、その部屋の階段横に小さな開き窓があり、そこから女中さんが食事を運ぶ(女中の顔を見ないで済む)ようになっていたとか(伝右衛門自身も、許可なく彼女の部屋には入れなかったとか)。柱一つとっても一本300万円もする木が使われているそうで、一つ一つが繊細で優美な装飾がなされていました。それでもやはり、白蓮としては、自分が「人形」のように扱われているようで(さらに、お妾さんや子どもたちも一緒に住んでいたので)、息苦しく「黄金の籠」に入れられているような気がしたのでしょう。若い宮崎青年と駆け落ちをして、夫に離縁状を新聞に載せる、という大胆な女性でもあり、彼女の肖像写真も強い意志が感じられるものとなっています。

門司最後に、門司港に寄り、レトロな建物を見て回りました。IMG_4037旧門司三井倶楽部(写真左)には、アインシュタインが宿泊した部屋のベッドや浴室が保存されており、さらに林芙美子記念室があり、彼女の『放浪記』にまつわるものや「花のいのちはみじかくて、苦しきことのみ多かりき」という色紙もありました。旧門司税関(写真右)も、ちょうど港に面していて、素敵な雰囲気でした。昼食のコースの一つに「門司港名物焼きカレー」があり、カレーライスの上にチーズを載せてオーブンで焼いたもので、美味でした!宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した巌流島も近くにありましたが、残念ながら時間がなくて行けませんでした。お天気は汗ばむほどの暑さで、夏の最後を存分に満喫しました。

Written on 9月 20th, 2018

sIMG_3965「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の世界文化遺産登録一周年事業として、9月17日に宗像大社辺津宮で市川海老蔵の歌舞伎奉納公演があり、見に行ってきました。宗像大社(写真)は天照大神の娘、三女神を祀った神社(沖ノ島「沖津宮」には田心姫神、大島「中津宮」には湍津姫神、田島(本土)「辺津宮」には市杵島姫神)で、辺津宮には宗像大神ご降臨の地と伝えられる「高宮祭場」があり、ここは全国でも数少ない古式祭場とのこと。

野外での公演なので、雨が心配されましたが、何とか雨も海老蔵降らず、落ち着いて見ることができました。まずは歌舞伎十八番の内『勧進帳』より「延年之舞」(頼朝に追われて、山伏に変装して京から奥州平泉に落ちて行く義経と弁慶が安宅の関で関守・富樫左衛門とのやり取りを終えた後、義経一行が危機を脱した後半の場面で弁慶が披露する舞)では、最後の「見えを切る」場面がやはり、格好良かったです(ここで「成田屋」と声をかけるそうですが、なかなか声は出ません)。次に和太鼓の辻勝さんの「響」(特に最後の大太鼓を威勢よく叩く姿は本当に勇ましかった!)。最後に「蛇柳」。これは、高野山奥の院にあった柳の木で、弘法大師が雄と雌の蛇を法力によって柳に閉じ込めていたのが、雄が逃げ出し、雌を助けるべく現れる、というもので、海老蔵はまず、「丹波の助太郎」として登場し、住職たちの前で次第に心を乱して雄の蛇になって踊ります。柳の木の結界を破ることに成功するや、今度は雌の蛇の精となって、女踊りをします。蛇の精と住職たちとの戦いが繰り広げられ、最後は金剛丸照忠が蛇の怒りを鎮めますが、海老蔵はいつの間にか、金剛丸に早変わりし、勇壮な姿となって現れる、という三役を務めています。ポスターの写真は、金剛丸の姿の海老蔵。大きな竹を振り回し、衣装も派手で、大柄な海老蔵が着ると、すごく大きくみえ、役とぴったり合っていました。最後の鬼気迫る表情で見えを切る海老蔵に、拍手喝采が絶えませんでした。3000名にのぼる観客でごった返し、海老蔵人気が窺えるものでした。

IMG_3984また、幕間にはユネスコ無形文化遺産となっている戸畑祇園大山笠をIMG_3987特別に見ることができました。これは「提灯山」の愛称で親しまれている、200年を越える伝統行事だそうで、毎年7月の3日間に行われ、昼の幟(のぼり)山笠が夜になると提灯山笠に代わるので有名だそうです。幟山笠は、高さ1、8メートル四方の台座に勾欄付きの台をすえ、紅幟、白幟が12本立てられ、台座は武者絵などの図柄を金糸銀糸で刺繍した幕で飾られています(写真左)。それが夜になると、幟だけではなくすべての装飾が取り外され、台上に櫓を組み、12段に309個の提灯を飾るものです。その過程を一部始終見ることができました。特に、一番上に乗る7段の三角柱を提灯の火がついたまま、四方から長い棒で持ちあげて取り付ける作業(写真右)IMG_3988が見ていてハラハラするもので、一旦、バランスを崩して落ちそうになったりしましたが、何とか据え付けに成功、その後は一段ずつつけていく、というもの。10分くらいのあっという間の作業でしたが、間近に見れて、迫力がありました。歌舞伎にお祭りと、両方見れて、何だか得したような気がしました。

 

 

Written on 9月 20th, 2018

プーシキン展お盆休みに、大阪中之島の国立国際美術館にクロード・ロラン「プーシキン美術館展」に行ってきました(ポスター)。「旅するフランス風景画」ということで、17世紀のクロード・ロラン《エウロペの略奪》(右図)から、18世紀ロココ時代のブーシェなどの作品、19世紀はコローやバルビゾン派のミレー、レアリスムのクールベ、印象派のルノワール、セザンヌ、ゴーガンなど、20世紀はドランやピカソなど様々なW 62 1865 Luncheon on the grass ma5画家の風景画が展示されていました。風景画は歴史画を頂点とするアカデミー絵画における序列は低く、ロランの絵にあるように、神話などの背景として描かれてきました。しかし、次第に風景のみをクローズアップしたものが出てくるようになりました。印象派の絵画がその代表と言えるでしょう。この展覧会の目玉はクロード・モネの《草上の昼食》(左図)(はたして風景画と断言していいのかは、少し疑問ですが)。これはモネが28歳の時、描き始めたものの、未完のままに終わり、のちに習作を仕上げたのが、プーシキン美術館に収められている絵画となっています。女性のモデルは後に妻となるカミーユで、何と、絵のすべての女性のモデルとなっています。人間を描くというよりむしろ、当時流行の衣装を描いたもので、その衣装に太陽の光がさして陰をつくっています。男性は友人の画家のバジルがモデル。しかし、ピクニックで楽しむ青年たち、という構図ですが、右端の木の後ろに男性が隠れていて、彼らを覗き見ています。何か、意味ありげ。。。ともかく、マネの有名な《草上の昼食》を意識して描いた大作です。また、もう一つの目玉がポスターにある、アンリ・ルソーの《馬を襲うジャガー》。税管吏という職業で、正規の絵の修業をせずに独自のタッチで描いた日曜画家のルソーですが、彼の素朴なタッチと空想の世界には魅惑されてしまいます。風景画というよりも、空想の風景画ですが、中央の白い馬は、ジャガーに襲われているのに、きょとんとした眼で、何が起こっているのかわからないようですし、ジャガーも馬を襲っているのか、抱きしめているのか、わからない構図となっています。ルソーはジャガーを見たことがなく、敷物のジャガーを参考にしたとか。道理で平べったい胴体になっています。お盆で観客は多めでしたが、身動きが取れないほどの混雑ぶりではなく、ゆっくり鑑賞することができました。

ベカス美術鑑賞の前に、お昼は淀屋橋のフレンチレストランsIMG_3941「ラ・ベカス」で食事(「ベカス」はくちばしの尖った鳥の「山シギ」の意味で、ジビエとしては最高とか)。ビルの奥にあって、通り過ぎてしまうような店ですが、中に入るとシックな店の構え(写真左)。渋谷オーナー・シェフは、ポール・ボsIMG_3943ギューズやアラン・シャベルに師事した方で、非常に凝った料理を出してくれました。アミューズ・グールはヴィシソワーズ(じゃがいもの冷スープ)に鮎のリエットが入ったもの(写真右)。リエットはパンにつけて食べるのが普通ですが、スープになっているとは。。。鮎の香ばしい香りがしました。次がフラsIMG_3944ン(洋風茶碗蒸し):自家製のオイル・サーモンにとうもろこしなどが入ったもの。次に帆立のクロケット(コロッケ)(写真左)。下に焼きなすのソース。クロケットがパリッと歯ごたえもよく、なすとよく合っていました。バターやクリームなどsIMG_3945を使った伝統的なフランス料理よりは、軽めの味付けのソースが特においしかったです。次がオマール海老のサラダ(写真右)。これも、見た目もきれいで白トリュフを焼いたものが上に載っています。次が少し中華風で、鱧を骨切りするのではなく、骨を抜き取ったもので、すごく柔らかい歯ごたえ。スープも鱧の頭などからとったそうです。それに、長芋やこんにゃく、人参など和の素材を使ったスープ。小さな肉まんがついていて、sIMG_3947肉まんをスープにつけたら、絶品の味になりました(写真左)。次が鰆に味噌のソース、そしてメイン二つ目は、仔羊のパネ(写真右)。さすが、ジビエ料理の得意なシェフだけあり(来日したフランス人シェフも絶賛だったとか)、非常においしかったですが、量が多くて全部は食べきれませんでした。デザートはメロンのスムージーに蜂蜜のアイスクリーム。スカートが苦しくなるくらい満腹となりましたが、大満足のランチでした。

Written on 8月 15th, 2018

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