村田京子のホームページ – blog

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パリに来たついでに、パリ第7大学で博士論文を書いた時の指導教授であったニコル・モゼ先生を久しぶりに訪れました。行く途中、メトロ6番線が電気系統の故障で列車が遅れてしまいました。ちょうど夕方のラッシュアワーの時間帯であったこともあり、超満員の車内で走行の途中で突然、ガタッと列車が止まったりするので、皆不安そうな顔をしていましたが、20分遅れで何とか目的地に着きました。パリのメトロは数年前からホームの改装工事を行っており、しかも日中も工事のために閉鎖され、その駅には止まらないことがしばしば。列車内の駅案内図にはモンパルナス駅に×が入れられ、通過となっていました(日本だと真夜中に工事をして乗客の迷惑のかからないようにしているのですが)。このところテロが続発していることもあり、地下鉄の構sIMG_2925内も暗い雰囲気が漂っていました(しかも駅によってはホームの照明がすごく暗い!)。ともあれ、何とかモゼ先生宅に着き、出版されたばかりのご著書Honoré de Balzac. L’Hommœuvreを頂きました。モゼ先生は長年、バルザックおよびジョルジュ・サンドの研究をされてきて、GIRB(バルザック国際研究協会)の会長としてフランス国内外で活躍されてきました。日本にも2度講演にいらしてます。退職されてから長年経ちますが、今も活発な研究活動を展開されており、現在はバルザックの辞書の編集に力を注いでおられるそうです。写真は近くのレストランで一緒に食事をした時に撮ったものです。レストランでおいしい料理に舌鼓を打ちながら、研究や政治(フランスでは大統領選が4月に迫っており、移民排斥、ユーロを排してフランに戻し、EUの脱退も辞さないとするルペン極右政党首が大統領になる恐れもあり、もっぱらその心配をされておられました)の話と夜の10時まで話してホテルに戻りました。今後もモゼ先生のご活躍を願っています。

Written on 3月 21st, 2017

Claude_Monet_-_Cathédrale_de_Rouen._Harmonie_blancheオルセー美術館に特別展 Au-delà des étoiles. Le paysage mystique de Moneゴッホt à Kandisky (「星々の彼方 モネからカンディスキーまでの神秘的風景」)を見に行ってきました。以前にオルセーに行った時は切符を買うのに長蛇の列で氷雨の中、1時間並んだので今回は予めサイトで予約していきましたが、思ったほどは混んでいませんでした。まずは印象派のモネの有名なルーアン聖堂(左図)。ルーアン聖堂の朝日に照らされた正面からの絵に始まり、時間がたつにつれて刻々と光の具合が変わっていく様子を連作したもので、輪郭がかなりぼやけていて幻想的な風景となっています。さらにゴッホの≪種を蒔く人≫(右図)。斜めに画面を横切る大きな木の幹は日本の浮世絵の影響が大きいと言われていますが、簡潔な輪郭ながら力強いタッチで描かれた男性と揺れるような大地、IMG_2906背景には黄色の大きな太陽と、人間と自然(大地)のコレスポンダンス(照応)が感じられる傑作です。また、海面に星がsStarry_Night_Over_the_Rhoneきらきらと輝くゴッホの≪星夜≫は夜の神秘性を感じさせます。20世紀の画家ハビリックの同じく≪星夜≫(左下図)はゴッホの空に惑星やギャラクシーが弧を描いて回っていて宇宙への神秘な夢想が描かれています。印象派から後期印象派(ゴーギャン、ゴッホ)、ナビ派(モーリス・ドニなど)、sIMG_2897カンディスキー(図)まで、その風景画を通して大地、海、空、木々、山々の神聖な要素があぶりだされた展覧会でした。ついでに印象派のおなじみの絵(マネの≪オランピア≫、ルノワール、ボナール、セザンヌなど)を見てきました。課外活動として子どもたちを引率した先生が絵の前で説明をしている光景に出くわしました、こうした名画を身近に見ることができる子どもたちが羨ましい限りです。

Written on 3月 21st, 2017

sIMG_2885先日、創作料理のお店「アコルドゥ」(Akorduというスペイン語でsIMG_2886「記憶の実」という意味だそうです)にランチに行ってきました。奈良の依水園の近く、ちょうど以前に行った「夢想庵」の隣にあります。川島シェフはスペインのバスク地方で料理の修業をしたそうで、数年前に富雄駅の近くのお店「アコルドゥ」でエスプーマ(食材をムースのような泡状にする)料理を食べたことがありますが、その店が奈良に移転したものでした。料理は非常に凝っていて絵画的な盛り付けがなされています。まず、前菜は「枯れ木と落ち葉、オリーヴ」(写真左)。本物の枯れ木と落ち葉の間に、少し香辛料を利かせた葉っぱの前菜が混じっています。次は「土にまみれた大和マナ、御所のヨーグルトとハーsIMG_2887ブ」(写真右)。シェフは奈良の食材をふんだんに使っていますが、マナを土から抜いた時の根っこ、そして「土」はオリーヴとパンを揚げたものだそうです。ヨーグルトも普通のものよりまったりしたものでした。次が「菊芋のソパ(スープ)、sIMG_2888帆立のプランチャとエア」(写真左下)。プランチャは帆立を焼く鉄板の名前でエアはエスプーマのことです。カプチーノ風に仕立てているとか。特に帆立が絶品の味!次が「塩鱈のピルピル、焼いたネブカ」(写真右下)。塩鱈をオリーヴオイルで焼くと鱈がピルピルという音を出すそうです!鱈は普通、味が淡白ですが焼いたためにこくがでて食べ応えがありました。最後に「炙った豚バラ、枯れ葉sIMG_2889と小枝、カリフラワーピュレと焼きラッキョウ」(写真左)。「枯れ葉」の下に埋もれた弾力のある豚肉をシェリー酒の入ったソースで食べますが、ちょうどスパークリングワsIMG_2891インを飲んでいたので、そこにもシェリーを足してもらい、料理と一緒に楽しみました(スパークリングワインがかなり重みをもつ味に変わりました)。デザートは「古都華(奈良産苺)のマリネ、クリームソーダ、ジェラート」(写真)。苺をソーダに漬けこんだものの上に濃厚なジェラートが乗っていました。「枯れ葉や枯れ木」などによる冬の景色と、菜の花など春の気配を感じさせる野菜が使われ、sIMG_2893おかげで季節感溢れる料理を満喫できました。厨房もガラス張りで厨房を横目に見ながらテーブルにつく、という趣向でした。帰り際にピカピカに磨かれた厨房も写真を撮らせて頂きました(写真:左が川島シェフ)。

Written on 3月 2nd, 2017

平成17年に大阪女子大学が大阪府立大学と統合して、新たに人間社会学部が府立大に作られた時に、教員の親睦のために和風会が創設されました。毎月給料から一定額を天引きしてプールしたお金を教員の冠婚葬祭のために使ったり、年度末には教員同士の親睦を深めるために懇親会を開いていました。しかし残念ながら、人間社会学部は6年目で入学募集を停止、新たに文理融合の現代システム科学域が創設されて教員の配置もそれぞればらばらになってしまいました。それで、和風会自体も解散することになり、最後の懇親会が天王寺のマリオット都ホテルで開催されました。全国的にも人文系学部が激減s2017_02_23蜥碁「ィ莨夐」滉コ倶シ・5している中、これもご時世とは思いますが、哲学・思想・文学・文化は直接、産業・商業に役立つ実学ではありませんが、人間の根源、生きていく意味を探るものとして重要なもので、こうした学問が廃れていくのは非常に残念です。集まった人数は20名ほどでしたが、ブータンの仏教(曼荼羅)、日本文化・文学、日本語学、西洋史、フランス文学・言語学、現代思想、アメリカ文学、心理学・臨床心理、教育学、社会福祉学など様々なジャンルの専門家が一堂に会し、いろいろお話ができて楽しいひと時を過ごすことができました(写真)。ワインも白ワインではムルソー、ナパ(カリフォルニアワインですが珍しいもので、かなりこくのある白ワイン)、赤ワインではポイヤック(残念ながら飲もうと思った時にはボトルは空でした)など、おいしいワインを味わえました。

Written on 2月 24th, 2017

sIMG_28692月19日に京大の稲垣直樹先生の定年退職に伴う最終講義と退職記念パーティがありました。お天気は寒いながらも快晴でしたが、何と京都市民マラソンの日にぶつかってしまいました。講演会場は東一条の総合人間学部(元教養部)の建物内でありましたが、東大路通りがマラソンコースになっていたため道路が閉鎖され、百万遍から徒歩で南に下がり、京大の正門にいたる交差点の信号を渡ろうとするとそこも封鎖、道路の反対側に渡るためには延々と迂回して近衛通りから入った(2キロくらい人ごみの中を歩きました!)ため、本来なら10分で会場まで辿りつくところを、30分かけて歩き、足が棒のようになりました。ともあれ、稲垣先生のご講演「『レ・ミゼラブル』、世紀を越える神話(再)創造―原作と文学・映像アダプテーション―」は2時間半にわたる熱気溢れる講義でした(写真は講演中の稲垣先生)。ユゴーの『レ・ミゼラブル』(1862)がいまだにミュージカルや映画などで上演され、読み継がれているのは、ユゴーがリアリズムの技法を用いながらも、リアリズムの規範から外れた人物設定・プロット設定などによって神話的要素が見出せること。それが時代を越えた普遍性を持つ理由である、というのは大変納得できました。とりわけ、ユゴーは神の存在を信じているが、カトリックからは異端とされたグノーシス信仰に基づくものであり、ジャン・ヴァルジャンが神の意志により、ナポレオンに代わって時代を背負う人物となること、彼の内に「宇宙的贖罪のエネルギーの蓄積」がなされ、彼の使命は全被造物の贖罪にある、というのが一番印象に残りました。また、日本sIMG_2871での黒岩涙香の翻案『ああ無情』やジャン・ギャバンの主演映画『レ・ミゼラブル』、ミュージカルやヒュー・ジャクソン主演のミュージカル映画の話も面白く、ミュージカル映画は私も見ましたが、ジャン・ヴァルジャンの臨終の場面が教会になっていて(原作ではありえない)、死んだファンチーヌが彼を迎えにきて歌うアガペー(真の愛)がコゼットとマリウスのエロース(性愛)、ミリエル司教のフィリア(隣人愛)、コゼットへのファンチーヌの母性愛、コゼットへのジャン・ヴァルジャンの父性愛といったストルゲー(家族愛)が歌い込まれ、それらが「真の愛」に包括されていく、という「キリスト教国での作品の感動」に貢献している、という話はなるほど、と思いました。懇親会では稲垣先生と関わりの深かった先生方たちが面白いエピソードを語られ、終始なごやかな雰囲気でした(写真は稲垣先生を囲んで、大竹仁子先生、柏木加代子先生と)。

Written on 2月 20th, 2017

sIMG_2868私の数少ない院生の一人で中国人留学生が無事、修論を書き終え、3月に卒業することになりました。研究生の時期を含めて3年間、研究室で一緒にフランス語文献や研究書を読み、授業のアシスタントとして毎回、アンケートの集計を手伝ってくれました。中国人留学生がフランス文学を日本で研究するという稀有な例ですが、きちんと成果を出せたのではないかと思います。日本語も上手で、フランス語テクストの分析結果をもう一つの外国語である日本語で論文を書くというのは並大抵のことではないと思います。彼女の門出を祝って同じ研究室の院生とささやかな送別会をしました。今後も何らかの形で勉強を続けてもらいたいと願っています。

Written on 2月 17th, 2017

映画1映画3先日、アニメ映画「この世界の片隅に」を見てきました。こうの史代原作の漫画を片渕須直監督が映画化したもので、昭和8年(1933)、広島市に住む絵の好きな8歳の少女すずが、家業の海苔を得意先に届けるところから物語が始まります。道に迷った彼女がゴミ拾いの怪しげな男の籠に乗り、もう一人籠に転がり込んだ少年と人さらい(?)に連れて行かれそうになるところをすずの機転で二人とも助かるという、空想がちのすず(大人には見えない座敷わらしを見たりする)にとっては現実だか夢だかわからないことが起こります。すずの同級生で密かに憧れてもいた哲と海に面した丘で会う場面(図左)での波がしらがウサギのように跳ねている様子が何とも美しく、すずの描いた絵が兄を亡くした哲の気持ちを和らげるシーンは心温まるものでした。昭和19年、18歳になったすずに突然縁談が舞い込み、すずにとって見ず知らずの相手と結婚(図右)、呉で暮らす日常生活が淡々と描かれます。おっとりとしていてかなりどじなすずを嫁ぎ先の両親、夫(勝気な夫の姉を除いて)が暖かく見守っている様子が何とも微笑ましい限りです。しかし、戦争によって次第に食糧が欠乏し、配給の食糧を求める人々の長蛇の列(ちょうど、フランス革命についての授業をしたところなので、革命下のパリ市民と同じ状況がここでも起こっていることを実感し、現在でも地球のどこかの国で同じ状況が見られるのは本当に悲しいことです)や空襲の恐ろしさが庶民の目線で描かれています。興味深かったのは、最初に呉がアメリカ軍に爆撃された時、その様子を高台から眺めたすずが青空のキャンバスに花火のような色がぽつぽつ付いたように思ったこと(図左映画2)、今、絵筆を手にしていたら、と思わず言った場面です。その後は空襲に逃げまどい、幼い姪が時限爆弾で死に、すず自身も右腕を失うことになり、さらには広島での原爆で両親の死、病に伏した妹(恐らく死ぬであろう)と悲劇が彼女を襲いますが、それでも生きていこうとする最後の場面は女性の強さを感じさせました。終戦の日、義理のお母さんがとっておきの米を出してきてそれを食べる場面、でも明日からも生きていくためにお米を全部は使わない、というセリフや、戦時中、雑草(たんぽぽやすみれ、はこべらなど)を取ってきて調理して食卓に出したり、楠公の節約飯を真似て作ったもののまずくて食べられなかったり、と日常のちょっとした出来事に笑顔を絶やさない家族の姿に救われる思いがしました。この映画はクラウドファウンディングで資金を集め、最初は少数の映画館でしか上映されなかったのが、評判を呼んであちこちの映画館でロングランとなっているようで、本当に良かったと思います。

Written on 2月 15th, 2017

sIMG_2848東京に出たついでにスカイツリーに上がってきました。泊まったホテルの部屋がsIMG_2850スカイツリーの見える部屋(写真左)で、夜は紫色のイルミネーションのスカイツリーを見ながら寝ました。朝早くに出かけて行ったので、それほど混んでおらず、ゆっくり東京の町を見渡すことができました。ちょうど快晴で、富士山も見ることができラッキーでした(写真右:写真奥に雪をいただいた富士山が見えます)。一番上の「天望回廊」まで行きましたが、ちょうど少女漫画雑誌「りぼん」の展示sIMG_2856がありました(何と、1955年創刊とか:写真左下)。創刊号から現在までそのsIMG_2858表紙がずらっと並ぶとなかなか壮観でした。「りぼん」は幼い少女向きのイメージがあって、私が知っているのは「少女フレンド」「マーガレット」でしょうか。壁には漫画のキャラクターが描かれていてなかなか楽しい企画となっていました。思わず記念撮影しました(写真右下)。

sIMG_2866スカイツリーに登った後は上野の国立科学博物館にラスコー展2「ラスコー展」を見に行ってきました。この展覧会は友人の洞窟美術の専門家五十嵐ジャンヌさん(写真左)が企画に携わっており、ジャンヌさんの詳しい解説を聞きながら展示を見て回る、という非常に贅沢な美術館巡りでした。ラスコーの洞窟画は2万年前のクロマニョン時代に描かれたもので、《背中合わせのバイソン》(図右)など動物がダイナミックに描かれていラスコー展1ました。洞窟はオオツノジカ一方向だけではなく小枝のように分かれて奥行きが広く、「身廊」の壁画は彩色と線刻の二つの技法が組み合わされているそうで、ライトで線刻が浮き上がるような工夫がなされていました(図左下)。あと、トリ人間(?)のような人物が描かれていて謎に満ちていました。クロマニョン人がいた時代にはオオツノジカ(写真右:本当に大きな角で、やはり角の大きさがラスコーのランプ雄の力を表していたのでしょうか)やホラアナライオンなどがいたそうです。さらに道具として面白かったのが「ランプ」(写真)で、きれいに磨いていて日本でもこうした形の明かりがあったような気がします。矢じりや銛など狩りの道具がどのように作られたのか、も実演しているビデオがあって興味深かったです。縫い針などは本当に精巧にできていて今でも使えそうなものでした。また槍投げの補助具(投槍器)の先にはシカやバイソンなど動物の細かな絵が彫られていて、持っている人の個性が現れているというのも人間らしい!会期末ということで、会場は人でごった返していて少し疲れましたが、充実した一日でした。

Written on 2月 12th, 2017

sIMG_2840デビッド・ボウイの回顧展(写真)を東京で見てきました。1970年代から奇抜な衣装とメイク、その中性的な(宇宙人的な?)体つき、歌とダンスでミュージック界をリードしてきたボウイの魅力を余すことなく見せる展示でした。入場者はヘッドフォンをつけて展示の前に立つと、ボウイの肉声や歌が聞こえる仕組sIMG_2843みになっていました。彼のファッションはきれいなグリーンのスーツや様々な色の入った奇抜なもので、とりわけ日本の歌舞伎に興味があって、山本寛斎のデザインは現在でも通用するファッショナブルなものでした。映画「戦場のメリークリスマス」での美しいボウイの姿も映像で見られ、さらに共演者の北野武と、音楽を担当した坂本龍一のインタビューも聞けました。個人的にはこの映画と、あと「ラビリンス」に出たボウイの姿が印象に残っています。ボウイ展にはフランスに滞在していた頃からの古い友人たちと見に行き、夕食は飯田橋のフレンチレストラン「ポン・ヌフ」で共にし、久しぶりの再会を祝いました(写真)。

Written on 2月 12th, 2017

sクラーナハ展先日、大阪の国立国際美術館に「クラーナハ展」を見に行ってきました(ポスター)。Lucas_Cranach_d.Ä._-_Judith_mit_dem_Haupt_des_Holofernes_(Staatsgalerie_Stuttgart)16世紀ドイツ、ヴィッテンベルクの宮廷画家として活躍した画家で、マルティン・ルターにはじまる宗教改革にも関与した人で、ルターの肖像画も幾つか描いています。しかし、何と言ってもクラーナハはサロメやユディット、ルクレティアなど聖書や神話、伝説の女性たちを描いたことで有名で、華奢で少女のような肢体(手足が非常に長い)を持つクラーナハの女性たちは冷たい硬質の微笑を浮かべて泰然としながらも艶っぽい、何ともLucas_Cranach_d.Ä._-_Herkules_bei_Omphale_(Herzog_Anton_Ulrich-Museum)言えないエロティシズムを醸しだしています。ポスターのヴィーナスは、豪華な宝石、ネックレスやヘアバンドを身につけ、その視線は鑑賞者の視線と交わることなく、自己の内に沈潜しているように見えます。また、有名な《ホロフェルネスの首を持つユディット》(図右)は、16世紀当時のsIMG_2835豪華な衣装をまとったユディットがまだ生きているかのようなホロフェルネスの首に手をかけながらもその視線は首にも鑑賞者にも向けられず、凛としたsIMG_2834雰囲気を漂わせながらもその恐ろしさに鑑賞者は立ち竦んでしまう、というものでしょうか。また《ヘラクレスとオンファレ》(図左下)はヘラクレスが女の格好をさせられ、糸巻きを持たされて女たちにからかわれている(ヘラクレスも嫌がる様子もなく、むしろ女たちに囲まれて喜んでいるような)様子が面白く描かれています。美術館に行く前に、ランチは近くのフランスレストラン「ヴァリエ」で食べました。どれもおいしい料理でしたが、特に最初に出てきた前菜(ヨコワマグロ、白隠元のムース、アボガド、マーシュサラダ:写真左)とフリュイ・ド・メール(写真右)が色どりも美しかったです。

Written on 2月 12th, 2017

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