村田京子のホームページ – ジャンリス夫人に関する講演会

ジャンリス夫人信州大学人文学部主催のマルティーヌ・リード リール大学教授によるオンライン講演会「フェリシテ・ド・ジャンリスの生涯と作品案内」に参加させてもらいました(ポスター)。本来は、授業の一環で信州大学の学生さん、および教職員の方々限定でしたが、信州大学の先生方のご好意もあって、有志の一人として参加させてもらいました(講演の後の質疑応答での学生さんたちの鋭い質問には感心しました)。

ジャンリス夫人(1746-1830)は、オルレアン家の「養育係 (Gouverneur)」としてオルレアン家の子どもたちの教育を担ったことで有名で、彼女の教え子のルイ・フィリップは後に国王となっています。彼女はルイ15世時代からフランス革命を経て、ナポレオン帝政、王政復古、さらに7月革命も体験した激動の歴史の生き証人です。教育書だけではなく、革命後は歴史小説や子ども向けの本など多くの著作を出版し、女性作家としても活躍しました。ただ、今ではフランスでも忘れられた存在となっています。

今回のリード氏は、①ジャンリス夫人の生涯(とりわけオルレアン家の「養育係」について)、②ジャンリス夫人の教育プログラム、③ジャンリス夫人がなぜ、歴史に埋もれてしまったのか。の3つに分けて、わかりやすく解説してくれました。彼女がオルレアン家の子どもたち(自分の子どもや親族の子どもも含めて12人)のために、まずベルシャスに教育施設として建物を建設してもらい、寝室や食堂の壁には世界地図や年表を張り巡らし、英語を学ばせるためにイギリス人の二人の孤児を養子にして、子どもたちは二人と会話することで英語を習得、ドイツ人の庭師とは花を育てながらドイツ語を学ぶ、といった徹底的な英才教育を行いました。

Genlisハープの練習彼女の教育プログラムで特徴的なのは、男女ともほぼ同じ教育を施したこと(当時の女性は簡単な読み書き、ダンス、音楽に限られていました)、年齢に応じて読む本が体系的に決められていたこと、教養だけではなく体を鍛えることにも留意するなど多岐にわたる綿密なプログラムを構築したことです(彼女の実践した教育プログラムは『アデルとテオドール、または教育に関する書簡』に記されています)。夫人はハープの名手で、子どもたちに自らハープを教えました(右図:左からジャンリス夫人、アデライド・ドルレアン、養女のパメラ)。啓蒙思想に傾倒し、ルソーとも個人的な知り合いであったジャンリス夫人は、フランス革命が始まると、最初は革命精神に同調しますが、革命は次第に過激になり、オルレアン公やジャンリス夫人の夫も処刑されてしまいます。彼女は亡命を余儀なくされ、ヨーロッパを偽名で点々とした後、ナポレオン帝政期にやっと、パリに戻ることができました。熱心なカトリック信者であったため、宗教の復活を考えていたナポレオンには重用され、年金をもらうようになります。彼女は月に1度、彼に手紙で情報を送ることになったため、後に「ナポレオンのスパイ」と非難されますが、リード氏によれば、彼女が送っていた情報は文学や宗教、教育に関することのみであったようです。彼女は、自分の教え子が王位に就いた直後に亡くなっています。

3番目の問いの「なぜジャンリス夫人は忘れられてしまったのか」については、①彼女は当時、多くの本を出版し、ベストセラーであり過ぎたため、男性作家から攻撃を受け、その著作の価値が貶められた。②彼の教え子のルイ・フィリップが不人気であったこと、③彼女の宗教色が共和政になると敬遠されてしまったこと、などが挙げられるそうです。彼女の矛盾は、18世紀のフィロゾフに共感を抱きながら、フィロゾフたちが批判したカトリックの熱心な信者であったこと、彼女の書いた『フランス文学に対する女性の影響』では女性作家を擁護しているのに、小説の『女流作家』では良妻賢母的な姉は幸せになり、作家になった妹は不幸せな人生を送るという結末になっていること。リード氏によれば、それは彼女の「慎重さ」のなせる業とのこと。スタール夫人のように、ナポレオンと真っ向から対立して国外追放になったのとは対極であると言えるでしょう。ともあれ、彼女の著作は後の女性作家ジョルジュ・サンドに大きな影響を与えるほどで、彼女の復権が望まれます。リード氏は、ジャンリス夫人についての著作を刊行されているので、是非読んでみようと思っています。リード氏とは奈良や京都など、あちこち一緒に観光した親しい仲で、直接会える日が早く来ることを願っています。

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