村田京子のホームページ – シンポジウム「旅するリアリズム」

IMG_0001リアリズム文学研究会主催のオンライン・シンポジウム「旅するリアリズム―近代文学における外部世界との接触」(ポスター)に参加しました。毎年恒例のシンポジウムですが、前回のテーマ「室内 私空間の近代」では、現実からの逃避によって自己に閉じこもり、自己完結的な世界が浮き彫りになりました。今回は「旅」に出ることで外部世界と接触し、ばらばらになった自己をどう統一していくのか、探っていこうとする試みになっています。

まず、イギリス文学専門の井上大智氏が「自然に抗って―英国唯美主義におけるリアリズムの位置」というタイトルで、19世紀後半のイギリスの唯美主義とリアリズムの関係を検証しました。氏はまず、14世紀のチョーサーの『カンタベリー物語』における巡礼の旅から始まり、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』を取り上げました。夏目漱石はこの小説を「些末な事を箇条書き」にする外面的なものと批判しましたが、今日では、デフォーは「内面的な指向性を持つ作家と外面的な指向性を持つ作家の中間的な位置」に位置づけられているとのこと。さらに19世紀になると、産業革命で裕福になったブルジョワ階級がヨーロッパ大陸に繰り出すようになり、トマス・クックやヴェデカなどのガイドブックが旅の大衆化を促進させました。しかし、ディケンズの『イタリアのおもかげ』のように、旅した町の様子を記憶を辿りながら幻想的に描く内面への旅へと移行していきます。19世紀末の唯美主義になると、リアリズム的な「対象をあるがままに見る」のではなく、「自分自身が受けた印象をあるがままに認識する」ことが重要となり、オスカー・ワイルドのように「日本的効果」を見たければ、わざわざ東京に出かけていかなくても日本画に沈潜し、その精神を捉えれば十分、と主張するようになります。それはアウエルバッハが言う「より真実な、より深層の、まさしくより現実的な現実を探索しようとする」試みにつながる、という話でした。井上氏の話を聞いていて、コロナ禍で外国旅行ができなくなった今、ワイルドのようなヴァーチャルな旅の可能性に思いを馳せました(しかし、どこまで真実にたどり着けるかは個人の認識能力に左右されると思いますが)。また、トマス・クックの時刻表は昔、ヨーロッパを旅する時にお世話になったな、となつかしく思いました。

次にドイツ文学専門の久山雄甫氏が「アレクサンダー・フォン・フンボルトにおける思弁と経験」というタイトルで、「旅する科学者」フンボルト(南北アメリカ、シベリア、中央アジアを探検)の著作『コスモス』における彼の世界観について、話をされました。まず、ロバートソンやブーガンヴィル、クックなど18世紀後半の探検家に触れた後、フンボルトの生涯を簡単に説明し、最後に『コスモス』の内容の紹介がありました。氏によれば、フンボルトは最晩年に『コスモス』という大著を著しますが、この著書において彼は、過去の探検旅行によって得た膨大な科学的データを使い、「経験主義的な考察」をすると同時に「思考を伴って宇宙を認識し、理性に即して宇宙を把握する」という思弁的な立場にも立っています。とりわけ興味深いのは、本文は美しい文体の知的な文章で書かれているのに対し、膨大な注(1頁につき、注が3頁もある箇所もあるとか)には、科学的データが事細かに、乾いた文章で書かれているそうです。こうした本文と注の組み合わせは、他にも絵画とデータ(わかりやすいイメージの両側には科学的データが記されている)、総論と特論(本文と注と同じ関係)が組み合わされて、一方では経験内容のデータ化による「経験の脱感性化」、他方では知識のイメージ化による「思弁の感性化」がなされているとのこと。現在、久山氏は『コスモス』の翻訳の最中だそうで、翻訳の出版が待ち望まれます。フンボルトの兄が有名な言語学者で、スタール夫人とも親しく、兄弟とも素晴らしい業績を残した学者であることに改めて感動しました。

3人目の発表者はロシア文学専門の中村唯史氏で、「文学空間への旅の向こう―トルストイ『コサック』を読む」というタイトルで話されました。トルストイは『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』で有名ですが、1863年に発表した『コサック』は、作者自身がコーカサス地方に軍人として駐留していた時期の経験に基づく自伝的小説とみなされています。この小説は、1820年~1830年代にロシアで流行した「コーカサスもの」を再現するものとして、多くの批評家からアナクロニズムと批判されたそうです。当時、ロシア帝国がコーカサスを併合しましたが、山岳民はロシアに抵抗して戦ったため、コーカサスはロシア文学において「他者」とみなされていました。「コーカサスもの」とはロシア人が「他者」であるコーカサスに出かけていく物語で、氏の発表は、既存の「コーカサスもの」とトルストイの小説との相違点を探るものでした。比較の対象として、まずプーシキンの『コーカサスの虜』(1821-22)が取り上げられました。この小説ではコーカサスに来たロシア人が山岳民の捕虜となるが、そこでコーカサスの娘と出会って恋仲になる、という筋書きで「ロシア=文明(虚偽、敵意、中傷)」と「コーカサス=自然、自由」という二項対立の元に、文明側からの「自然」への憧れが描かれています。『コサック』でも「文明」と「自然」の同じ二項対立のもと、ロシアから来た主人公オレーニンは、コーカサスのコサック(国境警備隊)の娘マリアンカに恋愛感情を抱き、彼女に「崇高な自然」のイメージを重ねます。しかしそれは結局、オレーニンの幻想、妄想に過ぎなかったというリアリズム的な結末になっています。さらにコーカサスはコサック(ロシア人との混血、ロシア正教)と山岳民(イスラム教のチェチェン人)の二重構造になっていて、ロシア人は山岳民とは全く触れ合えずに終わります。言わば「自己」と「他者」の融合の不可能性に、この小説のリアリズム性が見出せるという中村氏の発表は、様々な国の内部で民族闘争がいまだに起きている現在にもあてはまるのではないかと思いました。

最後の発表者はラテンアメリカ文学専門の花方寿行氏で、「D. F. サルミエントとパンパ―ヨーロッパ的視線とその揺らぎ」というタイトルで、中南米スペイン語圏(イスパノアメリカ)の作家サルミエントの著作について話をされました。18世紀にスペイン帝国の一部であった中南米の国において、19世紀前半になると自国の独自性を強調するため、「イスパノアメリカの知識人はフンボルトをはじめとするヨーロッパの探検家・旅行者の言説を参照」しました。しかしそれは、「ヨーロッパの言説が一方的に「辺境・植民地」を占有していく過程」ではなく、その限界を露わにし相対化していく作業であったことを、サルミエントの著作を通して検証する試みとなっています。サルミエントは19世紀アルゼンチン文学を代表する作家であり、さらに1868年にはアルゼンチンの大統領になった政治家とのこと。その彼が書いた『ファクンドまたは文明と野蛮』(1845) では、ヨーロッパの崇高美学に基づくパンパ(平原)の美的価値が謳われています。しかし実際は、彼はパンパを知らず、旅行者やアルゼンチン作家の記述に基づいて書いたもので、ヨーロッパにない新しい芸術的素材としてのパンパに「野蛮」を見出し、その暴力性は文明化を妨げるものとして、中央集権的な国家が吸収すべきだとしています。しかし、彼がヨーロッパ、アフリカを旅行した時の『旅行記』(1849)では、オリエントへのヨーロッパ的な眼差しでアフリカを描いていた彼が、これまでの文学で扱われてこなかった「クスクス」というアラブ料理に直面すると、どう表現していいかわからなくなり、「アメリカ大陸の田舎のバーベキュー風に焼かれた仔羊」が出てほっとするという場面があります。そこではヨーロッパ的な観点に対する「揺らぎ」が見られ、さらに『大軍での遠征』(1852)では、実際にパンパを目撃した作者は感激するものの、目の前に広がる平原はピクチュアレスク美学や崇高美学には当てはまらず、パンパそのものを表現することが不可能になっています。イスパノアメリカ文学に関しては、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』など、魔術的リアリズムしか知らなかったので、19世紀の作家サルミエントに関する今回の発表は非常に勉強になりました。ちなみに「クスクス」は大好きで、フランスに行った時だけではなく、スムールを買ってきて自宅でも「クスクス」もどき(仔羊は手に入れにくいので)を楽しんでいます。

シンポジウムは、13時から18時過ぎまでの長丁場で少し疲れましたが、4人のご発表はそれぞれ示唆に富み、私にとって馴染みのフランス文学との相違点、新たな観点を知ることができ、有意義な時間を過ごすことができました。

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