村田京子のホームページ – ボーヴォワールの講演会

2111_Beauvoir_j_1122フェミニズム理論の創始者とも目されるフランスの作家、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの未刊の自伝的作品『離れがたき二人』(Les Inséparables)がフランスのエルヌ社より出版され、その翻訳が早川書房から出版された記念として東京大学東京カレッジ主催(在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本、日仏会館、日仏女性研究学会共催)でオンラインでの講演会が開催され、聴講しました。ボーヴォワールと親しく、彼女の著作権を継承した養女のシルヴィ・ル・ボン・ド・ボーヴォワール氏の基調講演の前に、林香里・東大副学長から話がありました。ボーヴォワールの時代にはブルジョワ女性は結婚して母親になることが運命づけられ、その道から外れ、自立した生き方を目指す女性は社会から抑圧されました(それが、ボーヴォワールの親友ザザの辿った運命で、哲学者のメルロ=ポンティとの交際を親に反対されたザザは21歳で死去。彼女との関係が『離れがたき二人』に描かれています)が、それは現在でも根強く残っている(例えば、メディアやアニメでも女性のステレオタイプ化が顕著)という話をされました。東大では林先生は副学長としてダイバーシティ分野を担当し、女性研究者を25%以上に増やすことを目指しているそうです。特に自然科学分野、数学、哲学分野において女性研究者が少ないですが、ボーヴォワールは、まさに哲学と女性を結びつける貴重な存在であると結論づけられました。

次に、シルヴィ・ル・ボン・ド・ボーヴォワール氏から『離れがたき二人』についての紹介がありました。この小説は、ブルジョワ教育およびカトリック教育への異議申し立ての書であり、ブルジョワの偽善性を浮き彫りにしているとのこと。作者のボーヴォワール自身は裕福なブルジョワ家庭に生まれましたが、父の破産によって(父から「持参金を出せないので、結婚はできない」と宣言されます)かえって、ブルジョワの規範から外れて学問に没頭し、作家の道に進むことができました。さらに思想的同志サルトルとの出会いや、1839年に勃発した第二次世界大戦、ナチスによるフランス占領、レジスタンス運動への参加を経て戦後、アンガージュマンの思想を掲げた雑誌『レ・タン・モデルヌ』をサルトルたちと一緒に発行し、政治に積極的に参加していきます。特に女性の解放を主張し、「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」(On ne naît pas femme, on le devient)という有名な言葉(『第二の性』)が生まれることになります。今ではすでに常識となっている「ジェンダー」という考え方-社会的・文化的に構築された性別―をいち早く指摘したと言えるでしょう。彼女はいわゆる「女らしさ」「男らしさ」の規範からの解放を、女性だけではなく男性にも訴え、さらに「老い」の関する迷妄からの解放も訴え、日本の今村監督の映画『楢山節考』にも触れているそうです。すなわち、老いて働けなくなると社会から捨てられる慣習(老いの否定)への異議申し立ても行っています。『離れがたき二人』が未刊であったのは、サルトルから出版に値しないと言われたからとのことですが、シルヴィ・ル・ボン氏は、思想家、哲学者としてのボーヴォワールのイメージを壊すとサルトルが考えたからではないかと推察されました。私個人としては、女同士の関係を描いた小説は「出版に値するほどの公的価値はない」という女性蔑視的なサルトルの考えが多少とも働いたような気がします。次の登壇者、中村彩氏は、ボーヴォワールが何度かザザとの関係を書こうとしながらうまくいかず、結局、小説から回想録(『娘時代』)に転換してザザの想い出を書いたその理由を探られました。3番目の登壇者でボーヴォワールの著書『モスクワの誤解』を翻訳された井上たか子氏の話に関しては、ボーヴォワールは女性の生物学的条件(子どもを産む性であること)を否定したわけではなく、むしろリプロダクティヴ・ヘルス/ライツの権利(子どもを産む・産まないといった選択の権利を女性が持つことなど)を主張した、というのが非常に記憶に残りました。

17時から20時までの3時間にわたる講演会(一部、用事のために聞くことができない部分もありました)に参加して、ボーヴォワールの『第二の性』をもう一度、紐解いてみたいと思いました(『離れがたき二人』も読んでみたいと思います)。『第二の性』は日本でも有名ですが、翻訳書は絶版になっているそうで、シルヴィ・ル・ボン・ド・ボーヴォワール氏も大変残念がっておられました(サルトルの著書は絶版ではないのに)。同氏はこれからも未完の書簡集などを発行していく予定とのこと。オンライン開催は、自宅で簡単に参加できるのが便利ですが、シルヴィさんのインターネット環境がもう一つ良くなくて画像がフリーズしたり、音声が聞こえなかったりで、質疑応答の場でコミュニケーションがうまくいかなかったのが少し残念でした。ともあれ、日本でもフェミニズムを扱う出版社(松尾亜紀子代表のエトセトラブックスなど)や書店が次々に登場していることに、日本の未来への希望を見いだしました。

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