村田京子のホームページ – blog

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ヴェローナから列車で1時間余りのところにヴェネツィアがあります。今回は、ジョルジュ・サンドと彼女の恋人アルフレッド・ド・ミュッセがヴェネツィアに旅をした時(「ヴェネツィアの恋」で有名で、映画にもなっています)、二人が泊まったダニエリホテルを訪れました。このホテルは14世紀末に建てられた総督邸をホテルに改造したもので、豪華なゴシック様式の館がそのまま残されています(今では5つ星デラックスホテル)。ロビーのシャンデリアが当時の面影を残していて、昔ながら雰囲気を保っています(写真左)。二人が泊まったのは2階の10号室。残念ながら客が入っているので内部は見せてもらえませんでしたが、ドアの前まで案内してもらいました。さらに、14世紀当時のままのサロンも見ることができました。最上階のテラスレストランから見たヴェネツィアの風景は絶景でした(写真右)。サンドたちも同じ光景を見たのだと思うと感激も倍増です!今回はヴェローナでのシンポジウムの合間にヴェネツィアに足を伸ばしたため、半日しか時間が取れず、あとはアカデミア美術館に寄り、ティツィアーノの聖母マリアの少女時代を描いた《聖母マリアの神殿奉献》(写真下左)を見るだけで時間切れとなりました。この作品は、バルザックが『村の司祭』で言及しているもので、女主人公ヴェロニックが幼い頃、この絵の聖母マリアに喩えられ、将来の美貌が約束されていたのが天然痘によって顔にあばたができて醜くなる筋書きとなっています(ただし、心から感動した時、真の愛情を抱いた時には昔の美貌が蘇るというもの)。他にもティントレットやベリーニなどヴェネツィア派の絵画が収容されていました。ヴェネツィアはすでにバカンス客で一杯で、水上バスも満杯、水路にはゴンドラが多く通り過ぎていました。次回は是非、ダニエリホテルに泊まって、ゆっくりヴェネツィアを満喫したいと思います。

Written on 7月 5th, 2015

ヴェローナ大学でのシンポジウムの折に、ヴェローナの町の観光をしました。まず、ヴェローナと言えばシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の舞台となったところで、「ジュリエッタの家」というのがあります(シェイクスピア自身はヴェローナに一度も来ていないようですが)。旧市街の中心、エルベ広場の近くの建物で、入口のアーチ型の壁にはぎっしり落書き(自分の名前と恋人の名前を書いてある)に覆われていました。その奥にジュリエッタの像(写真左)があり、その乳房に触れると恋愛が成就するそうで、多くの若者たちが列をなして像に触っていました。ロミオがよじ登ったバルコニーも一応ありますが、少し小さい気がしました。さらに町はずれには「ジュリエッタの墓」というのもあり、空の石柩がおいてありました(ただ、屋敷の雰囲気は花が咲き誇る中庭があってなかなかロマンチックでした)。次にカステルヴェッキオを訪れました。ここは14世紀に建てられたスカラ家の居城で、現在は14世紀~18世紀のヴェローナ派の絵画が展示されている美術館となっています。聖母子像がほとんどで、さすがカトリックの国イタリアだと関心しました。お城からは、のどかな風景が広がっていました(写真右)。

ヴェローナはさらに、アレーナ(紀元1世紀に建造された円形闘技場)で野外オペラが開催されるので有名で、ちょうどヴェローナ滞在中の土曜の晩に「アイーダ」(ヴェルディ作曲、フランコ・ゼフィッレリ演出)があり、見てきました。夜9時から上演の予定でしたが、8時頃から土砂降りの雷雨となり、果たして上演されるのか不安な面持ちでホテルで待機。幸い、雨は10時頃には止み、10時過ぎに開演となりました。観客席は雨でびしょぬれでしたが、劇場の方でタオルで拭いてまわる、といったこともなく、観客それぞれが椅子を拭いて座る、というものでした。観客も雨にも関わらず、華やかに着飾ってデコルテのロングドレスやスーツ姿の人も多く見受けられました。舞台装置は豪華で、エジプトを舞台とするこのオペラでは巨大なピラミッドにスフィンクス像(写真下)、ピラミッドの中心が開いて人物が登場、その人数も大勢でバレエも演じられ、とりわけ有名な第二幕の「凱旋行進曲」は圧巻でした。観客1万2千人の野外劇場でマイクなしにオペラの曲を歌うのは歌手にとっても大変なことだと思います(かの有名なマリア・カラスもこの劇場で歌うのを恐れたとか)。今回のアイーダ役の女性は細身の小柄な人で、ソプラノの声が少し弱い気がし、それに対して敵役のエジプト王の娘の方が衣装も豪華、メゾ・ソプラノの声がよく響いて主役より印象に残りました。ただ夜中12時を過ぎると冷え込みが厳しく、風邪を引きそうになったので、残りの第三幕、四幕は見ずにホテルに戻りました(オペラが終わったのは1時過ぎだったそうです)。次回は寒さ対策を十分して野外オペラに臨みたいと思います。

Written on 7月 5th, 2015

大阪で開催された第25回シャンソン研究会に出席しました。今回の研究発表は盛りだくさんで、高岡優希氏の「ジャン=ジャック・ゴールドマン―マイノリティーへの眼差し」、大岩昌子氏の「シャンソンに惹かれるのはなぜか―その動機付けに関する世代別考察」、青柳りさ氏の「ボードレールを歌う―朗読、クラシックからシャンソン、ボサノバまで」、加藤修滋氏の「日本のタンゴの母がシャンソンの母となった日」の4つの発表が、午後2時から6時まで80名ほどの大勢の聴衆の前で行われました。どの発表も興味深いものでしたが、とりわけ高岡氏のゴールドマン(写真)の社会派の一面をクローズ・アップした発表が印象に残りました。彼の父親がナチス時代に、ポーランドからフランスに亡命したユダヤ系移民であったこともあり(といってもゴールドマン自身はユダヤ教の宗教教育とは無縁で育ったそうですが)、ショアーの記憶を歌ったComme toi (『お前のように』)、セリーヌ・ディオンが歌って800万枚を越える売上げを記録したLa Mémoire d’Abraham(『アブラハムの記憶』)、またドイツ人の母を持ち、ドイツとの国境近くのロレーヌ地方で育った歌手パトリシア・カースに提供した曲 Une fille de l’est(『東から来た娘』)、さらには喜劇役者Colucheがホームレスなど極貧にあえぐ人たちにクリスマスシーズンに暖かい食事を提供するために組織した団体への寄付のためにゴールドマンたちが企画したチャリティーショーの曲Chansons Les restos du cœur(『心のレストラン』)などの紹介がありました。フランスでは伝統的に、作家や歌手など芸術家が社会参加をし、時には体制批判や貧しい人々への連帯の眼差し、人種を越えた融合、平和を願う気持ちを表わした作品が多く見られますが、ゴールドマンのような流行歌手がここまで社会派であったとは、知りませんでした。やはり、シャンソンは言葉(paroles)が重きをなす歌だということを改めて認識した次第です。それは、青柳氏の発表でも同様で、19世紀の詩人ボードレールの詩(『悪の華』)がいまだに様々な歌手が独自に歌い続けていることに感銘を受けました。

Written on 6月 7th, 2015

連休中に、家族で近くの和食料理店「浪漫」に食事をしに行きました。5月の献立は柏餅、ちまき(中はそれぞれ寿司飯に穴子の白焼き、麩を巻いたものが入っているという、凝ったもの)、ウドやわらびをつかった料理や、豆ご飯(えんどう豆を少しゆでて皮を丁寧に向き、ご飯と一緒に炊き上げたもので、豆がすごく柔らかくおいしかったです!)など、旬の野菜を使った料理でした。特に前菜(写真左)は、トマトを絞ったジュース(グラスの縁に塩がまぶしてある)、あさりを煮たもの、ウドと新牛蒡の酢の物、ナスとサーモン(軽く炒めた新玉ねぎの上に載せてある)が色鮮やかで見た目もさわやかでした。さらに圧巻は、鮎のから揚げ(写真右)。小さい鮎(生きたまま)に小麦粉をまぶして油で揚げたもので、鮎が皿の上で泳いでいるような風情でした。料亭の味よりも、「おばあちゃんの料理」を主張する店の主人の言葉通り、丁寧に出汁を取り、素材を活かしたほっこりとする料理を満喫しました。

Written on 5月 6th, 2015

5月の連休に、大学時代の友人の送別会を兼ねて、大阪、肥後橋近くの大ビル内のレストランに食事に行きました。さすがに連休中ということもあり、大阪市内はいつもより車も人も少なく、夏のような日差しの中、淀屋橋から堂島川をゆっくり歩いて店に向かいました。川沿いの薔薇もこの陽気ですでに満開。建物内は、5月5日の子どもの日に合わせて色鮮やかなこいのぼり(写真左)と馬、変わったオブジェ(写真右)が陳列されていました。店は「ヴァリエ」というフレンチレストランで、料理はどれもおいしかったですが、特に前菜の「リー・ド・ヴォーのモリーユ茸ソース」と、メインの旬の愛媛産鯛(写真下左)が印象に残りました(肉料理のメインは「ビュルゴー鴨網焼き」)。デザートは2種、さらにコーヒーのおともに小菓子が出る、という贅沢なものでしたが、特に「マンゴプリン キンカンデコポンゼリー、ヨーグルトシャーベット」(写真下右)が見た目も涼しく、すっきりとした甘さで大満足でした。大学を卒業以来、~十年が経ちましたが、いまだに友達づきあいができているのをこれからも、大切にしていきたいと思っています。

Written on 5月 4th, 2015

好天も最後(翌日から雨の予報)ということで、昨日、京都にお花見に行ってきました。銀閣寺道から南禅寺まで疏水に沿って「哲学の道」を歩きましたが、桜は満開、観光客もぎっしりで、平日にも関わらず大勢の花見客で賑わっていました(写真左)。西田幾多郎が思索しながら歩いたと言う疏水沿いの道も、人で団子状態の混みようでした。円安ということもあり、外国人(英語や中国語、フランス語が飛び交っていました!)ツーリストも多く、国際色豊かでした。さすが京都だけあり、着物姿の女性もかなり見受けられました。沿道には和菓子屋の他にもクレープ屋さん、アイスクリーム屋さん、ビールを飲ませる店が軒を連ね、すっかり初夏の雰囲気でした(日中は半袖でもOK)。途中、丸々と太った猫がゆうゆうと日向ぼっこをしていて、多くのカメラを向けられても微動だにせず被写体になっていました(写真右)。南禅寺は拝観時間の後に着いたので残念ながら中を見れませんでしたが、どっしりした三門をくぐってきました。南禅寺を下がったところにある蹴上インクラインでは、ものすごい勢いの水が流れていて非常に迫力がありました!

夕食は烏丸御池のイタリアレストラン『オルト』で食べました。Orto(イタリア語で「菜園」の意味とか)という名前の通り、こだわりの野菜を使った料理で有名だとか。前菜に出てきた「たいらぎ貝と生野菜」(器はムール貝を10倍にしたような大きさのたいらぎの貝殻で、貝の汁に牛乳を加えたものをドレッシングとしてかける)の野菜は本当に美味で、次に出てきた大原で採れた筍のローストもおいしかったです。変わったところでは、前菜の一つとして出てきた「(阿蘇の)馬肉のタルタル」とパスタとして「月の輪熊と白アスパラガスのカルボナーレ」(写真左下)があり、さっそく試してみました。熊肉は少し癖がありますが、よく煮込んでいるので全く気にならず、白アスパラはコリコリと食感が良く春の訪れを実感できました(カルボナーレ・ソースはそれほど濃厚ではなく、ゴマがふんだんにかかった和風テイスト)。メインの赤イサキのポワレもおいしかったですが、デザートが凝っていて、柚のジェラートに大吟醸の酒粕を使ったスフレ(写真右下)。とっくりには大吟醸入りのデザートソースが入っていて、ジェラートにかけて食べる、という趣向。ウェイターの方もワイン通でサービスも良く(料理が出てくるのが少し時間がかかりましたが)、楽しいひと時を過ごすことができました。

Written on 4月 3rd, 2015

すっかり春めいてきたばかりか、今日は25度近くまで気温が上がり、ほとんど夏日!2,3日前までまだ5分咲きくらいだった桜が一気に満開となりました。この陽気に誘われて、近くの御嶽神社まで散歩に出かけました。歩いていると汗ばむほどの暑さで春休みということもあり、それほど知られていないスポットですが花見に来ている人も結構いました(京都の丸山公園や奈良公園などはさぞかし花見客で賑わったことでしょう)。写真左は御嶽神社の太鼓橋から撮ったもの(すっかり満開の桜)。右は御嶽神社。

お昼は近くの和食の店「味浪漫」へ。カウンター席のみの小さなお店ですが、主人の材料、料理へのこだわりは深く、どの料理も手間がかかっていて(例えば蛤の吸い物は、かつおだしだけで、醤油、調味料は一切使わず蛤の塩味だけの上品な味)、特にちらしずし(写真下)は絶品でした(干ししいたけは天日干ししたふっくらとしたもの、高野豆腐も1日つけておくとか。土筆は揚げていて白く丸いものはウドを酢に漬けたもの、白魚の干物は供する直前に火で炙っている。寿司飯の米もこだわりのものとか)!

Written on 3月 31st, 2015

3月27日に聴講生の方々が企画して下さった「すみよしを歩こう」会(総勢21名)に参加いたしました。帝塚山駅に10時前に集合し、ボランティアガイド小山さんの案内で、まず風見鶏の家で有名な高谷家住宅前を通り、帝塚山の豪邸(神戸の洋館を彷彿とさせるものや、ガラス張りの家、丸い家など斬新なデザインの家が多く、建築家が思う存分、腕を振るったという感じでした;その一つに安藤忠雄氏の実家もありました)を横眼に見ながら狭い路地を周り、帝塚山古墳へ(写真左)。大阪に残る唯一の前方後円墳の原型をとどめた古墳で、大友金村の墳墓とされる説もありますが、まだよくわからないそうです。ここは地元で管理していてガイドさんが特別に開けてくれました。なだらかな丘陵で、もともとは堀があったそうですが今は埋め立てられ、古墳の際まで家がぎっしり建っています。ここには市内では珍しくなった日本のタンポポ(カンサイタンポポ)が生えていて、黄色い小さな花を咲かせていました。次に、六道の辻に建つ閻魔地蔵尊へ。閻魔さんの周りをぐるっと回り、柱に手をかけて懺悔すれば地獄に行かなくても済むそうです。ここには、大きなかなとこを手にした鬼に舌を取られた罪人の絵が飾られていました。生根神社から摂津酒造(NHKドラマ「まっさんとエリー」では住吉酒造で、まっさんこと竹鶴正孝氏がここで働いていたところ)跡へ。ここはすでに建物はなく、マンションが立ち並ぶ真ん中の公園がその跡だそうです。さらに「住吉の13仏」(干支の12仏+1仏:忌日供養や死者供養のために造られ、現世と死者の国との境界の地に祀られるとか)、明治25年築の町家(住吉高灯籠を配した蔵造りの建物)で有形文化財として指定されている池田屋(写真右)にも寄りました。池田屋は住乃江味噌(手作りのおかず味噌)で有名ですが、私は柚みそを購入しました(香りがすごく良く、田楽にぴったり!)。最後に住吉大社へ。楠珺社は「招福猫(招き猫)」(写真左下)で有名で、小さな猫(左手を挙げているのが家内安全、右手を挙げているのが商売繁盛のご利益があるとか)を48個(4年間、毎月買う)揃えると中くらいの大きさの猫に代えてもらえ、また集めると大きな猫に代えてもらえるというもの。私もひと組買いました。子宝に恵まれるという種貸社にも寄りました。ただ、ここで時間オーバーとなり、堺名物のちんちん電車(写真右下)で昼食のレストランに向かいました。住吉大社の本殿や太鼓橋まで行けなかったのが少し残念でしたが、3時間ほどの散策を十分満喫しました。昼食もしゃれた四川料理の店(辛い麻婆豆腐が有名とか。確かに辛かった!)でお腹も一杯となり、皆さんともおしゃべりができて、楽しい一日を過ごすことができました。幹事の辻さん、田中さん、ご苦労様でした。

Written on 3月 31st, 2015

神戸市立博物館に「チューリヒ美術館展」を見に行ってきました。「印象派からシュルレアリスムまで」と銘打っているように、ホドラーの風景画、印象派のモネ、ドガ、ポスト印象派のゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、象徴派のセガンティーニ、ナビ派のボナール、ヴァロットン、表現主義のキルヒナー、ココシュカにムンク、フォーヴィスムおよびキュビスム(マティス、ブラマンク、ピカソ)、シャガール、抽象絵画としてはカンディンスキー、クレー、彫刻もロダンとジャコメッティの作品が展示され、様々な絵画が一堂に会する展覧会となっています。目玉は何と言っても、幅6メートルもあるモネの《睡蓮の庭、夕暮れ》(上図)で、睡蓮の連作でも画家の晩年のもので「夕暮れの水面のそよぎや光の反射」が描かれ、睡蓮がかろうじて見分けられるだけであとは光と色の洪水、抽象画的な雰囲気を持った作品と言えます。ジヴェルニーの庭園には20年前に行ったことがありますが、睡蓮の庭に柳の木、というのは絵の通りでした。ただ、驚いたのは日本の太鼓橋を模した橋が朱色ではなく緑色であったこと! 日本では考えられませんが、モネにとっては「緑」の橋の方が違和感がなかったのかもわかりません。私の一番のお気に入りはシャガールの《婚礼の光》(右図)です。シャガール特有の「透明な青」は、フェルメールの「ラピス・ラズリ」の青に近いそうです。最愛の妻ベラを亡くして失意のあまり1年ほど筆が取れず、そこから立ち直った後の作品だそうで、左の白い動物(翼をもっているのでペガサス?)がタキシードを着てワイングラスを片手に持っているのが何とも印象的。彼の作品には愛し合う男女が宙に浮いていたり、と一見メルヘンチックな絵が多いですが、戦争中ユダヤ人として国を追われるなど苦難の人生を辿ったようです。最後に印象に残ったのは、セガンティーニの《虚栄(ヴァニタス)》(下図)で、印象派に似た点描法を用いながら、泉に自らの裸身を映して自らの「美」を自覚する若い娘はまさに「虚栄心の目覚め」を表わしているようでもあり、水面に姿を現わす蛇が「旧約聖書」のエヴァを暗示しているようでもあり、その意味では象徴主義的な不思議な絵と言えます。ホドラーの《真実》(女性の周辺の男性像がモダンダンスのような動きを見せる)やジャコメッティの「歩く男」など、非常にダイナミックな動きを感じさせるものもあり、なかなか面白い展覧会でした。

展覧会の後、西宮の懐石料理のお店「立峰」で夕食を食べてきました。ここは手頃な値段で季節のものをおいしく頂けるお店で、何度か通っています。まず、見た目も美しい前菜(写真右)―特に空豆を卵とチーズで揚げたのが凝っていました!「土筆」は牛蒡で、いかなごはしっかりした味付けでした―、次にあいなめに菜の花のお椀、かぶらと穴子などの蒸し物、まなかつおの焼き物、刺身(写真左下)はまぐろのトロに鯛、イカでどれも口の中でとろけるほど美味でした。季節の野菜の天ぷら、鯛の塩煮、田楽は3種で、特に木の芽あえが上に塗られたものが絶品でした。眼を楽しませた後、お腹も一杯で大いに満足して帰路に着きました。

Written on 3月 20th, 2015

昨年9月に友人の朱実さん宅でランチを頂きましたが、今年もお宅にお邪魔し、今回は和食のランチを頂きました。メインは鯛で、まず鯛の昆布じめ(薄く切った鯛の身を5時間ほど昆布につけるのが一番おいしいそうです)が出てきましたが、身が引き締まっておいしかったです(写真左)。前菜の付け合わせとしてでてきた沖縄の海ぶどうも見たことがないほど、大きくできれいで本当にどこから仕入れてくるのか、不思議なほどです。さらに「初物」のかわいい竹の子を茹でて蒸したものに、これもお手製の木の芽あえをつけて頂きました。残りの竹の子はちらし寿司(写真右)にも入っていて春の香りを堪能できました(竹の子の他にも人参、ナッツやしめじ、大葉、卵など具がたくさん入った色鮮やかなお寿司でした!)。また、鶏のコラーゲンが満載の鍋(クネル、珍しい野菜入り)で、少しは肌がプリプリになることを期待しています。ポン酢もお手製で、手で絞って作るそうです。鯛はさらに大皿に煮つけ(写真下)として再登場。これも美味で舌鼓を打ちました。お皿も凝っているばかりか、お箸は竹箸で、使い勝手のいいもので、やはり、料理は器、もりつけなど眼で楽しむ芸術だと感銘しました。居心地がいいので、夕方までおしゃべりをしてしまい、長居してしまいました。朱実さん、本当にいつもありがとう。

Written on 3月 16th, 2015

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