村田京子のホームページ – シネオペラ『トゥーランドット』

トゥーランドット先日、近くの市民ホールでシネオペラ『トゥーランドット』(ポスター)が上演されたので見に行ってきました。この作品は、18世紀のフランス人作家フランソワ・ペティ・ド・ラ・クロワが出版した『千一日物語』の中の「カラフ王子と中国の王女の物語」に基づいてイタリアの劇作家ゴッツィが1762年に著した戯曲で、今回のオペラはプッチーニ作曲(1926年)、ズービン・メータ指揮、陳凱歌(チェン・カイコー)演出で、2008年にスペインのバレンシア、ソフィア王妃芸術宮殿で上演されたものが映画化されたものです。

時と場所は大昔の伝説時代の北京。皇帝の娘で絶世の美女トゥーランドット姫に求婚する男は、姫の出す3つの謎を解かねばならず、解けなければ斬首の刑にかけられる、というもので、何人もの王子がその犠牲になります。第1幕ではその中の一人、ペルシアの王子の斬首の場面から始まります。そこに居合わせたのがダッタン国の元国王で流浪の身の盲目のティムールと女奴隷リューで、二人は期せずしてティムールの息子カラフと再会を果たします。しかし、トゥーランドットの美しさに魅了された王子は父親や周りの者の制止を振り切って、謎に挑戦することになります。第二幕では、3つの謎を見事に解いたカラフが王女との結婚を望みますが、異国の男性に騙されて絶望のうちに死んだロウ・リン姫の復讐を果たすと誓った王女は、彼の要求を拒みます。それに対して、カラフは自分の名前が明日の夜明けまでにわかれば、姫の願いを叶えて自らの命を差し上げる、と提案します。その晩、北京市民に王女の命令―「今夜は誰も寝てはならぬ。求婚者の名を解き明かすことができなければ、住民全員を死刑にする」―が下ります。それが第3幕で、ティムールとリューが彼の名前を知る者として捕らえられますが、王子を密かに愛するリューは拷問されても口を閉ざし、最後は自らの死を選びます。リューの王子に対する深い愛情を目の当たりにしたトゥーランドットにもその冷たい心に変化が起こり、カラフの熱い接吻で彼への愛情を抱くようになります。最後に彼自らが「カラフ」という名を彼女に教えて、死を覚悟します。しかし、夜が明けて姫が皇帝の前で述べたのは、「彼の名は「愛」です」という答えで、その後、愛の勝利が高らかに歌われて幕が閉じます。

トゥーランドット役のマリア・グレギーナは、「圧倒的な歌唱力と演技力で当代最高のドラマティック・ソプラノ」と絶賛されていて、迫力がありました。リュー役のアレクシア・ヴルガリドゥも、リリカルなソプラノでその可憐さが際立っていました。ただ、オペラの場合、プリマドンナはどうしても歌唱力が優先するため、太った体形になりがちで、カラフに年老いた父親を見捨てさせるほどの魅惑を発揮する「絶世の美女」とはあまり思えず(特に最初の場面ではトゥーランドットは黒の地味な服を着て登場したので、姫の年老いた侍女と錯覚してしまいました)、それが少し残念でした。リューの方が美人なので、どうしてカラフは彼女の美しさに気づかないのかと思えるほど。カラフ役はテノールのマルコ・ベルティ。ズービン・メータ指揮の音楽も素晴らしいものでした。あと、面白かったのがピン(大蔵大臣)、パン(内大臣)、ポン(総料理長)という老人3人組が一種の狂言回しとなって滑稽さがつけ加えられていること。首切り役人のプー・ティン・パオは怪しげな魅力の男でそのバレエのような仕草に惹かれました(歌はなし)。

「誰も寝てはならぬ!」という曲は、2006年のトリノオリンピックのフィギュアスケートで金メダルを取った荒川静香さんがフリーで使った曲で、非常にドラマティックでありながら美しい曲で好きだったのですが、その歌詞がこれほど残酷で恐ろしいものであったのか、知りませんでした。ただ、最後の凱旋の歌としてもこの曲が使われるので、荒川さんのフリーのイメージはこちらの方でしょう。ギリシア神話において謎解きを迫るスフィンクスとオイディプスの中国バージョンとも言えますが、異国の王子を次々に斬首し、自国民の死も厭わない冷酷な中国の姫という設定は、ヨーロッパ人から見た中国像(オリエンタリズム)と関連しているのかもわかりません。ただ一つ、興味深かったのは、皇帝が弱々しい老人として登場し、父権的な力が弱かったことと、王女の冷酷な行為は単なる我がままのせいではなく、女を虐げてきた男への復讐という点で、新しい視点だと思いました。いずれにせよ、中国ではこのオペラは中国蔑視の象徴として長らく上演禁止だったのが、1998年にズーピン・メータ指揮、チャン・イーモウ演出で舞台にかけられたそうです。その時に舞台衣装なども大幅に改善されたとか。本物のオペラ劇場ならば、幕間が2回あって、その間にシャンパンなどのグラスを片手にもって、音楽の余韻を楽しめるのですが、映画の場合は2時間通して、座っていました。それでも久しぶりにオペラの雰囲気が楽しめて至福の時を過ごすことができました。

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