村田京子のホームページ – 秋の教養講座2020「カミュ『ペスト』を読む」

カミュ奈良日仏協会、放送大学共催の教養講座に参加しました(ポスター)。今年は奈良日仏協会会長および放送大学奈良学習センター前所長の三野博司先生の講演「カミュ『ペスト』を読む」が奈良県文化会館で行われました。コロナ禍の中、検温チェックの後、広い会場で社会的距離を取っての講演会でしたが、このところオンライン会議ばかりが続いて、直に人と触れ合う機会がなかったので、三野先生のご講演を現地で拝聴できて、本当に幸せなひと時でした。カミュの『ペスト』は2011年の東日本大震災の時にも話題になりましたが、コロナのパンデミックの中で、世界中で読み返されたと言われているものです。久しぶりにカミュの作品を読み直しましたが、感染者が亡くなった時に家族がその臨終に立ち会えなかったり、埋葬者が多すぎてお墓が足りなくなり、最後は大きな穴に死体が重なり合って埋められる場面などは、コロナの感染が拡大したブラジルでの埋葬を彷彿とさせるものでした。最初、医者のリユーがペストの兆候に気づいても、当局側がなかなかそれを認めたがらない場面は、トランプ大統領の態度にそっくりですし、ペストだとわかっても自分は大丈夫で自由だと人々が楽観視する場面は、中国の武漢でのコロナ流行のニュースを見ても、「他山の石」のように思っていた今年1月の自分の姿を思い出しました。21世紀の科学・医学が発達した現在でも、同じ状況が繰り広げられるのは、悲しい限りです。

ただ、『ペスト』の刊行(1947年)当時は、第二次世界大戦終結から間がなく、「ペスト=ナチス」、ペストと戦う民間ボランティアの「保健隊=レジスタンス」を表していたとのこと(カミュもレジスタンス運動に参加していました)。それが今日では、三野先生によれば「ペスト=災禍、人間を襲う暴力的な力、避けられない不条理」、ペストとの「闘い=神にも超越的な価値にも依存せず、人間の地平に立つ」ことを意味していると解釈されるようになりました。この小説は、フランスの植民地であったアルジェリアのオランという町を襲ったペストの発生から終息までを描いたもので、医師のリユーを中心にして、彼を取り巻く人々(保健隊を結成するタル―、新聞記者ランベール、市役所職員グラン、イエズス会士、パヌルー神父、オトン判事など)との関係が描かれています。特に印象的だったのは、ペストが蔓延して封鎖(今でいうロックダウン)されたオランの町で行ったパヌルー神父の説教の内容(ペスト禍は人々の不信心に対する神の懲罰で、人々に悔い改めるよう促す)が、自ら保健隊に加わり、無垢な少年の死に立ち会うことで変わっていき、受け入れがたいものも神の恩寵とみなすべきだと考えるようになったこと。それに対して医師のリユーは、神に人の運命を委ねて何もしないよりも、患者の診療(=人間の救済)に力を尽くすべきだと反論しています。パリから来たランベールに関しては、はじめは「よそ者」として、封鎖された町から脱出して、パリの恋人の元に戻ろうと画策し、リユーに「個人の幸福」を主張しますが、最後には「個人の幸福」よりも町の一員として残ることを優先しています。厳格な「法の番人」であったオトン判事も、幼い息子の死後、自らが保健隊に入って戦おう(最後にはペストに罹って死亡)とするなど、男性の登場人物はそれぞれ、ペストとの闘いに挑む中で、変わっていく様子が描かれています。もう一人、興味深かったのは、犯罪者のコタールが、いつ警察に捕まるのかびくびくして自殺を企てるほどであったのが、ペストの蔓延で町のすべての人々が彼と同じ恐怖(いつ病に罹るのかという恐怖)を抱くようになったのを見て、晴ればれとした顔で自由に活動し始めたこと、逆にペストが収束した後、歓喜する人々とは裏腹に、半狂乱に陥ってしまう最後の場面。また、男ばかりの闘いの物語の中で、ペストを全く恐れずに、ペストに罹ったタルーを献身的に看病するリユーの年老いた母親の泰然自若ぶりが際立っていました(一種、神々しさを感じるのは、三野先生によれば、カミュの母親がそこに投影されているからだそうです)。

三野先生は象徴的で複雑な意味を持つカミュの『ペスト』をわかりやすく解説して下さり、さらに二人のプロ(テレビのCMやナレーターをされている男性)による対話劇もあって、90分があっという間に過ぎました。今回は懇親会もなく、そのまま解散となりましたが、コロナが収束した後で、さらにカミュについて、いろいろお話が伺える日が早く来ることを願っています。

Mon Nara報告

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