村田京子のホームページ – 「サラ・ベルナール展」

サラ・ベルナールポスターベルナール1先日、堺アルフォンス・ミュシャ館に「サラ・ベルナールの世界展」を見に行ってきました(ポスター)。今年度の女性学講演会で白田先生のサラ・ベルナールの生涯についての話を聞いた後だったので、ベルナールが非常に身近な存在となっていただけに、展覧会を何倍にも楽しめました。サラ・ベルナールは19世紀末から20世紀初めにかけて、コメディ・フランセーズを始めとする多くの劇場(パリだけではなくアメリカでも)で主役を演じ、さらには彫像を作成したり、ファッション・リーダー(舞台衣装も彼女のアイデアだったり、その装飾品は本物の宝石を使った非常に豪華なもの)としても活躍しました(写真右は『アドリエンヌ・ルクヴルール』を演じるサラ)。また、無名の画家ミュシャをこの世に出したのもサラで、彼が作製したベルナールのポスター(リトグラフ)はラリック一躍有名となり、アール・ヌーヴォの代表作となっています。サラが演じた『椿姫』や『ジスモンダ』のポスターが有名でメデアブレスレットすが、ギリシア悲劇を題材とした《メディア》のポスター(図版)では、イアソンが妻のメディアを捨てて旅立とうとするのを見て、メディアが彼との間にできた子どもを殺す場面を描いています。メディアの大きく見開いた眼には、「夫に裏切られた女性の深い悲しみと怒り」(カチュール・マンデスの脚本による戯曲)が現れているのかもわかりません。このポスターにはメディアの左腕に巻きつく蛇のブレスレットが描かれていますが、この蛇のモチーフが気に入ったサラが宝飾家ジョルジュ・フーケに作らせたのが、写真右のもの。蛇の頭部にはオパールとダイヤモンドが施され、サラ自身、このブレスレットを舞台の小道具として使っていたそうです。また、ルネ・ラリックもサラが舞台で使う装飾品を作り、彼女がプライベートで身につける装身具もラリックに注文したそうで、それがジュエリー作家としてのラリックの名をとどろかせるきっかけとなります。写真は、ルネ・ラリックが作製したチョーカーヘッド。いかにもアール・ヌーヴォーの作品らしく、女性の髪をうねるような曲線で表現しています。カタログの解説によると、「日本の伝統文様の一つである流水紋にも通じる」そうです。確かに浮世絵や着物の柄にもあるような気がします。ともかく、舞台衣装の豪華さではサラ・ベルナールは群を抜いていて、当時、衣装は女優の自前であったことを考えると、衣装を調えるだけで莫大なお金が必要だったことがわかります。晩年、サラが右足を切断する羽目に陥ったのも、舞台で窓から飛び降りる場面で、小道具係が衝撃止めのマットを敷き忘れたのに気づきながら窓から飛び降り、右ひざをひどく打って怪我をしたことによるものとか。さすが、彼女の女優魂が感じられます。堺の美術館は小ぢんまりとしていて観客も少なく、それだけ一層、ゆっくり見て回ることができ、ベルナールの世界を堪能しました。

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