村田京子のホームページ – 「ベルギー奇想の系譜」展と「アルチンボルド展」

ベルギー1学会で上京した折に、二つの美術展を見てきました。一つはBunkamuraのミュージアムでの「ベルギー奇想の系譜」展と、もう一つは国立西洋美術館での「アルチンボルド展」。どちらも「奇想の系譜」と言えるでしょう。「ベルギー奇想の系譜」展(ポスター)では、第1章がボス派やブリューゲルなど15~16世紀フランドル画、第2章が19世紀末~20世紀初頭のベルギー象徴派・表現主義の絵画、彫像を集めたものとなっていました。何と言ってもポスターにもなっているヒエロニムス・ボス工房の《トゥルヌグダルスの幻影》(右図)が奇想のフランドル絵画の代表と言えるでしょう。放蕩の騎士トゥルヌグダルス(左下で眠っている男―後ろに守護天使が控えている)が夢を見て、地獄と天国に導かれ、異界巡りをする話で、地獄での「7つの大罪」を犯した者への懲罰を目撃して悔い改める話に基づいたものです。眠っている騎士の頭上にいるのが7つの大罪の一つ、「嫉妬」を表しマンデイン「蛇に誘惑され、犬に食べられるアダムとエヴァ」、その上の丘の上に座る若い女性に鏡を見せる死者の仮面の怪物は「傲慢」を象徴しています。右上のベッドに横たわる女性は「怠惰」を表し、その寝床に様々な怪物が襲いかかっています。その下の円筒の中の左側が「大食」の罪を犯した者で、無理やり大量の酒を飲まされています。その横が「激怒」で、激昂した兵士に剣で背中を刺されています。画面中央の桶には大きな顔の男の鼻から金貨が降っていますが、そこで溺れているのが「貪欲」の罪を犯デルヴィルした修道士と修道女。桶の手前にいる、サイコロに腰かけた男は「邪淫」の罪を犯した者で、サイコロは賭け事を表し、魔物に腹を刺されています。後景にも火の海となった町が描かれ、大勢の人が血の池で溺れているなど、凄惨な場面が描かれているわけですが、怪物の表情はどこかユーモラス(らっぱを吹いている怪物や、右下の女性を背中に乗せた小さな恐竜のような動物など)で、あまり怖さは感じられません。むしろ、その精緻な描写に感動を覚えるほどです。その他にもヤン・マンデインの《聖クリストフォロス》(右図)も面白かったです。キリストを背負って川を渡るクリストフォロス(渡っているうちに背中のキリストが重くなっていきますが、それはキリストが人類の罪を背負っているため)が中央に描かれ、右には巨大な修道女の館(娼婦の館)、左には賭けごとをしている者たちが配され、小さな怪物たちが散在している、という奇妙なものです。聖人伝説を描いていながら奇妙なファンタジーの世界に変容しているのが何とも不思議な感じです。第2章の19世紀末からの絵としてはフェリシアン・ロップスの《娼婦政治家》(豚を散歩させる、眼隠しをした裸の女)や、ジャン・デルヴァルの《レテ河の水を飲むダンテ》(左下図)が印象に残りました。ベアトリーチェを見捨てたことへの罪の呵責で苦しむダンテが、忘却の女神レテから、すべてを忘却できるとされる水を飲ませてもらう場面を描いたもので、ダンテは右手に純潔の印、百合の花を女神に差し出しています。淡い色調の幻想的な光景となっています。

アルチンボルドもう一つの「アルチンボルド展」(ポスター)は、何と言っ大地ても神聖ローマ皇帝マクシミリアン2世に捧げた肖像画(春夏秋冬の連作《四季》と、水、大気、火、大地の《四大元素》の肖像画シリーズ。アルチンボルドの生きた16世紀は、新大陸発見や喜望峰回りの航路の発見を経て、世界各地のモノや情報がもたらされ、宮廷にはこれらの自然の驚異を収集した「驚異の部屋」(博物館の前身)が出現しました。アルチンボルドの絵もこうした時代の風潮を反映したものと言えるでしょう。ポスターの絵は《春》で、春に咲く様々な花や植物を寄せ集めたものです。《大地》(右図)はライオンや象、羊、猿、鹿、イノシシなど様々な動物が画面に見出せます。《大気》(左下図)では、ハプスブルク家を象徴する鷲と孔雀が前面に描きだされています。頭の鳥は庭師数えきれないほどで、観察眼の鋭さに驚きの念を禁じ得ません。《四季》と《四大元素》のなかで、季節の産物や世界中の大気動物を寄せ集めることで、「時(四季)と世界(四大元素)を統べるハプスブルク家の皇帝を称揚」しているそうです。しかし、こうした政治的背景を知らなくても、自然の様々なモノを集めた絵は一種の判じ絵として面白く(北斎の浮世絵にもあったような)、会場には多くの子どもたちが見に来ていて、絵を指さしながら隠れている動物を楽しそうに探していました。もう一つ面白かったのが、上下さかさまにすると違った光景が展開する絵画で、その一つが《庭師/野菜》(右下図)でした。どちらの会場もかなり混雑していましたが、大いに楽しめた美術展でした。

 

HOME | PROFILE | 研究活動 | 教育活動 | 講演会・シンポジウム | BLOG | 関連サイト   PAGE TOP

© 2012 村田京子のホームページ All Rights Reserved.
Entries (RSS)

Professor Murata's site