村田京子のホームページ – 「これはあなたのもの」

sホフマン1981年のノーベル化学賞を受賞されたロアルド・ホフマン氏が書かれた戯曲「これはあなたのもの」を西宮の兵庫県立芸術文化センターまで見に行ってきました(ポスター)。昨年11月にホフマン先生ご自身が来日され、名古屋工業大学でこのお芝居が上演されましたが、この時は名工大の学生さんや地元の劇団の方が演じていましたが、今回は本格的なお芝居として、主役のフリーダには八千草薫さん、その息子のエミールには吉田栄作さん、アーラ役にはかとうかず子さんというテレビでも主役級の俳優さんたちが登場しています。11月にも名古屋まで芝居を見に行ったので同じ内容のお芝居を見たことになりますが、舞台装置がさすが、大学のホールとは違って凝ったものでした。ナチス占領下の1943年のウクライナの屋根裏部屋(ユダヤ人の母親フリーダと6歳の息子エミールがウクライナ人教師のオレスコの家に匿われている)と、1992年のアメリカ、フィラデルフィアのエミールの家(母親のフリーダと妻で心理学者のタマール、17歳の娘ヘザーと13歳の息子ダニーの家族)が、劇では交錯しますが、今回は垂直的構造を取って、下が1992年現在、上が屋根裏部屋の窓(小学校の運動場が見え、「自由の窓」の象徴)を背景にした風景に分けられ、1943年の時は上段に照明が当てられる仕組みとなっていました。ユダヤ人の同胞のために戦ってナチスに殺された(すなわち、妻子よりも同胞を選んだ)夫への妻としての複雑な気持ち、夫や妹など身近な者をウクライナ人のために殺されたため、ウクライナ人への深い恨みを持ちながらも、オレスコのような善意のウクライナ人に助けられた、という善悪ないまぜの状態に立つフリーダの気持ちが、決して声を荒げることはなく沈黙を通したり、または「ウクライナ人は人殺し」とのみ言う彼女の気持ちを八千草さんがさすがにうまく表現しておられました。オレスコの娘のアーラが両親の遺品の中から金の結婚指輪を見つけ、それを返しにわざわざフィラデルフィアの家まで寄ってくれても、フリーダは匿ってもらう代わりに金品を渡すという契約であったのだから、「それはあなたのもの」と主張して受け取らない、というのが従来の感傷的なドラマ(例えばフリーダが涙ながらに指輪を受け取り、二人が抱き合う、といった筋書き)とは違う大きな点だと思います。観客にとってはカタルシスがなく、何ともすっきりしない形で幕を閉じますが、そこにホフマンさんの狙いがあったように思います。彼はあえて「オープンエンド」にしたとインタビューに答えておられ、結論は観客に任しています。舞台の最初に天国の場面が唐突に出てきて、「真理」が粉々に割れる場面がありますが、絶対的な「真理」は存在しない、という意味にも思えます。また、アメリカの中流階級として恵まれた生活を送るエミール一家と、ソ連の共産社会で不自由な生活を余儀なくされたオレスコ一家(フリーダたちがアメリカから必要な物資を毎年小包で送っている)―ソ連崩壊後はウクライナとして独立―との立場の逆転も見逃せない点だと思います。

しかし、15かsIMG_3145月もこの家に隠れ住みsIMG_3148、戦後も苦労してアメリカに渡って、苦学の末にノーベル賞を受賞されたホフマン先生はたぐいまれな努力の人であったと言えるでしょう。しかもアメリカの大学ではドナルド・キーンから日本文学を学び、文学にも興味を持っておられたとのこと、さすがに一流の科学者は文学にも造詣が深い、と大いに感銘を受けました。

お芝居を見た後は、西宮北口の懐石料理店「花ゆう」でおいしい料理を頂きました。特にお吸い物の「海老しんじょう」(写真左)と鯛のアラ炊き(写真右:たで酢のソースでさっぱりした食感)は絶品でした。

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