村田京子のホームページ – オペラ「トロンプ・ラ・モール」(オペラ・ガルニエ)とターブル・ロンド

オペラ・ガルニエでは新しい挑戦として文学作品をオペラに仕立て上げて上演する試みがなされ、バルザックの『人間喜劇』に登場するヴォートラン[本名:ジャック・コラン、またの名をトロンプ・ラ・モール(不死身)]を主人公にしたオペラとなっています。ヴォートランは『ゴリオ爺さん』『幻滅』『娼婦盛衰記』に登場する元徒刑囚で、表舞台には出られないため、貴族の美青年を使って社会征服を企てる「悪」を体現する人物ですが、作者バルザック自身の一種の分身でもあります。ヴォートランがリュシアンにかけたセリフ:「私はお前を拾って、お前に命を返してやった。だから被造物が創造者に属するが如く、お前は私の物だ」が有名です。この人物は元犯罪者で後に警察庁の班長となる人物(日本でも時代劇には岡っ引きの手下として働く元犯罪人が出てきますが、「蛇の道は蛇」と言われるごとく、闇の世界に通じている人物が警察の役に立っていたわけです)で、警察をやめた後は世界初の探偵事務所を開いたヴィドックがモデルと言われています。ヴィドックの回想録は当時、ベストセラーとなり、バルザックも面識がありました。ヴィドックはさらにユゴーの『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンおよび彼を追跡するジャベール警視のモデルでもあります。オペラでは『幻滅』の最後に借金のために自殺を考えて彷徨う美青年リュシアンを見かけたヴォートラン(この時はスペインの僧侶に変装してカルロス・エレーラと名乗っている)が彼を馬車で拾う、という場面から始まります。冒頭、大きなスクリーンにヴォートランの顔が映し出され、彼が薬を飲むと顔がみるみる醜く変形し別人に生まれ変わるsvautrin様子がリアルに描かれます。その後、クルチザンヌのエステルとリュシアンの出会い。銀行家のニュシンゲンが森でエステルを見かけて一目ぼれする場面、エステルを探索するスパイのペイラードとヴォートランの戦い、リュシアンに熱を上げるブルジョワの娘クロチルドや身分の高い貴族のセリジー夫人との絡み、最後のリュシアンの自殺やヴォートランの警察への転身など『娼婦盛衰記』の一部が幕間なしで2時間に渡って演じられました(写真はプログラムより:左からリュシアン役の Cyrille Dubois, ヴォートラン役のLaurent Naouri, エステル役のJulie Fuchs)。特にヴォートラン役のLaurent Naouriがその容姿も声もぴったりのはまり役。リュシアンは思っていたのとイメージが少し違っていました。音楽および脚本はLuca Francesconiで、コンテンポラリー音楽の作曲者ということもあり、従来、私たちが聞きなれているモーツァルトやロッシーニ、ビゼーなどロマンティックな曲調の音楽ではなく、むしろシェーンベルクのような不協和音に近いsIMG_3031sIMG_3032音楽で少し戸惑いました。舞台装置は素晴らしく、天井から柱が降りてくる演出など目を見張るものがありました。座席も中央のボックス席の前列で、昔、裕福な貴族やブルジョワたちがボックス席を年間で買い取って社交の場になっていたことを想像すると楽しい思いに駆られます(写真は舞台が始まる前の様子、天井はシャガールの絵)。ただ、時差ぼけがひどくて途中強い眠気に襲われて、眠気と戦いながらのオペラ鑑賞となってしまいました。

sIMG_3061後日、Luca Francesconi 氏(写真)、Sarah Barbedette 演劇部門局長、音楽担当のSusanna Mälkki氏、 演出家のGuy Cassiers 氏、バルザック研究者の Andrea Del Lungo氏によるターブル・ロンドがオペラ座であったので、それにも参加しました。そこでCassiers氏がオペラの意図として4つの層(下から第一の層が人物たち―泥沼にはまり込んで身動きできない。第二の層が流動する音楽、第三の層が舞台のからくり、第四の層が芝居全体を動かす力)の話をされ、それはバルザックの『人間喜劇』の三つの層(結果[風俗研究]、原因[哲学研究]、原理[分析研究])とつながるとDel Lungo氏がつなげたのが非常に興味深かったです。バルザック研究者も多く参加していて久しぶりにイギリス人研究者Owenとも再会できて楽しいひと時でした。

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