本書は、「近代小説の祖」バルザックの生誕200年の記念として、日本のバルザック研究者36名が総力を結集して書いた研究論文集となっている。
「『人間喜劇』の世界は広大で、主題はエロスの欲望から歴史の謎にいたり、作者は社会を批判し、宗教を論じ、宇宙を考察している。あい応ずるごとく、本書で扱われた主題もじつに多様、かつ広汎である。バルザックの作品を対象としつつ、時間論、都市論、経済学、異国趣味、芸術論、語法論など、あらゆる分野のさまざまな問題が論じられているさまは、じつに壮観であり、刺激的である。本書は、わが国バルザック研究史の重要な一里塚となるに違いない。」(高山鉄男「まえがき」より)
【担当部分】
●村田京子「寓意としての「娼婦」―『知られざる傑作』を中心に―」(pp.115-127)
バルザックの『知られざる傑作』は、1831年に『アルティスト』紙に掲載されて以来、版を重ねるごとに様々な加筆修正がなされてきた。そのうち、重要な修正点として次の2点があげられる。①1837年版で絵画に関する専門用語が大幅に加筆され、本格的に芸術をテーマとする小説となったこと。②1846年の決定稿で、フレノフェールの「知られざる傑作」《カトリーヌ・レスコー》が新たに「ベル・ノワズーズと呼ばれる美しき娼婦」と呼ばれるようになったこと。では一体なぜ、1846年というバルザック晩年の時期になって突然、「娼婦」が出現したのだろうか。バルザックが「娼婦」という言葉に託した真意は何だったのか。『人間喜劇』全体を視野に入れながら、『知られざる傑作』を中心に、この問題に焦点を絞ってジェンダーの視点から検証した。