村田京子のホームページ – 著書

著書

総頁数350頁

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【概要】

19世紀フランス・ロマン主義文学において、クルチザンヌ(娼婦)の存在は重要な位置を占めている。とりわけ、アベ・プレヴォーの『マノン・レスコー』やデュマ・フィスの『椿姫』の主人公の名は、誰でも一度は耳にしたことがあるに違いない。こうした作品は、真実の愛に目覚めた娼婦が悔い改めて苦難の道を歩み、罪を贖って死ぬ恋愛物語として、読者に共感と同情の涙を誘ってきた。しかし、私たちはそれが男性の視点で描かれていることに気づかないことが多い。私たちは実は、男の主人公(または男性作家)の眼を通して、男の抱く理想の女性像をこれらの作品に見出し、そのイメージを共有していたのだ。

では、発想を転換して、女の視点、ジェンダーの観点から見ればどうなるだろうか。本書は、男性の視点に立った従来の解釈とは全く異なる立場から、文学作品を読み直そうとするものである。取り上げる作品は『マノン・レスコー』、『椿姫』の他にジョルジュ・サンドの『イジドラ』、バルザックの『マラナの女たち』『娼婦盛衰記』『従妹ベット』、ウージェーヌ・シューの『パリの秘密』、ヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』など多岐に渡っている。

クルチザンヌが文学に登場する19世紀は、産業革命やブルジョワジーの台頭により、資本主義が確立した時代である。それは、すべてがお金に換算され、「女の肉体」も「商品」として男の手から手へと流通する時代の幕開けであった。このことはまさに、市場主義が推し進められた現代社会のルーツを成している。私たちの社会の原点である近代社会を描いたフランス・ロマン主義文学の世界に立ち戻って娼婦像を考察することは、現代の女性像の原点にさかのぼることでもあろう。現在、取りざたされることの多いジェンダーに基づく価値観(「男らしさ」「女らしさ」の概念)を考える上でも、本書は一つの足がかりとなろう。ロマン主義的クルチザンヌの分析を通じて、現代につながる諸問題を浮き彫りにするのが本書の狙いでもある。なお、本書は3.にあげた科学研究費補助金基盤研究「フランス・ロマン主義文学におけるクルチザンヌ像」の研究成果報告書に加筆・修正を施したものである。

【本書に関する書評】

日本フランス語フランス文学会書評 cahier01 2018年3月(松本伊嵯子氏)pp.12-14

著書(単著)

平成14年度~平成16年度科学研究費補助金 基盤研究(C)(2)研究成果報告書(総頁数144頁)

著書(単著)

Osaka Municipal Universities Press/Klincksieck (Paris), 2003(総頁数328頁)

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【概要】

本書は「近代小説の祖」と謳われるバルザックの作品に現れる「悪魔との契約」のテーマに注目し、その変遷を辿ったものである。19世紀のヨーロッパにおいて、ゲーテの『ファウスト』をはじめ、多くの文学作品(幻想文学)がこのテーマを扱ってきた。超自然的な存在が否定された合理主義の時代になぜこのテーマが流行したのであろうか? その答えとしては、逆説ながら、理性の時代であるが故に「悪魔」という表象が文学に現れたと言える。すなわち、それまで信じられてきた「奇跡」が「迷信」として退けられるようになったからこそ、不合理な出来事が生じた時に人々が受ける衝撃は大きく、不安が増す。こうした未知なものへの不安をいち早く捉えて言葉で表そうとしたのが文学作品であった。

本書第一部では、「幻想文学」のジャンルに入るバルザックの作品(『百歳の人』『あら皮』『和解したメルモス』)を取り上げている。そこではもはや従来の「悪魔との契約」(現世の富や知識欲の充足と引き換えに来世の魂を悪魔に売る)は成り立たず、現世の快楽と引き換えるのは、この世の命(寿命)である。その結果、短いが激しい情熱的な生を生きるか、機械的な生活をして長生きするかの二者択一を迫られ、「悪魔との契約」は近代の欲望哲学の表徴となる。また、『和解したメルモス』では、悪魔の超自然的な力も株式取引所で需要・供給の法則に従って売られ、その力を失っていく。「サタンの最後」と言えるが、その代わりに別な形で悪魔的な存在が描かれることになる。

第二部では、現実的な空間における「悪魔」、「悪魔との契約」が意味するものを明らかにしていく。『ゴリオ爺さん』に登場するヴォートランをはじめとする「悪魔的な人物」は全て、社会から疎外された存在で、社会の周縁から社会征服を目指す時、体制側から見れば「悪魔的」に映る。商業小説『セザール・ビロトー』では、古い伝統的な価値観を擁する主人公のビロトーから見れば、台頭し始めた資本主義的価値観の持ち主はすべて「悪魔的」である。『結婚契約』や『従妹ベット』では、家父長的な社会に異議申し立てを行う女性が「悪魔的」と捉えられている。このように、古い価値観から新しい価値観への移行期にあって、既成の秩序、思想体系を脅かす存在が「悪魔」とみなされている。

こうした「悪魔」、「悪魔との契約」のテーマはバルザックの時代だけではなく、政治的・社会的・経済的な変動期にある現代にもあてはまる問題を提起していると言えよう。

OMUP紹介記事(ニュースレター第9号)

【本書に関する書評】

Romantisme, No.125, 2005 (pdfファイル)

Nineteenth Century French Studies, vol. 33, 2005 (pdfファイル)

L’Année balzacienne 2005 (pdfファイル)

Revue d’histoire littéraire de la France, avril-Juin 2005 (pdfファイル)

著書(単著)

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