村田京子のホームページ – METライブビューイングオペラ「アンドレア・シェニエ」

メトロポリタン劇場ライブビューイングオペラ「アンドレア・シェニエ」を大阪ステーションシネマで見てきました。このオペラは、イタリアの作曲家ジョルダーノのヴェリズモ・オペラ(フランスの自然主義文学に影響を受けて、19世紀末にイタリアで誕生した「真実主義」の様式。一般市民に起きる悲劇を写実的に描き、むきだしの感情表現が特徴とか)の最高傑作と呼ばれています。フランス革命の時代に活躍したロマン主義詩人アンドレ・シェニエ(ロベスピエールによる恐怖政治を批判したかどで、31歳の若さでギロチンにかけられた)を主人公として、その史実にプラスして、彼の詩に魅せられて恋をした伯爵令嬢マッダレーナを創作し、彼女との激しい恋愛と死のドラマに仕立て上げられていました。さらに、伯爵家の召使から革命派になるジェラールがマッダレーナに恋情を抱き、彼女を手に入れようとする、という三角関係が絡んでいます。

舞台装置や衣装が非常に凝っていて、例えば最初の伯爵家の舞踏会の場面(左上写真:Webのライブビューイング紹介記事より)では、貴族の女性たちはパニエドレスに、髪の毛を逆立てて高く結い上げた髪型、頬には紅がべったりついている化粧法(男性も)など、マリー・アントワネット時代の宮廷ファッションが忠実に取り入れられていました。それは現代の眼から見ると滑稽で★2526④《アンドレア・シェニエ》20cKaren-Almond/Metropolitan-Opera-2-scaled、主人公のマッダレーナだけが髪をそのままおろした髪型に、紅をつけない自然なメークで、他の女性たちとの差異化が図られていました。また、シェニエが捕まって、革命裁判にかけられる場面(右写真)では、実際の革命裁判所の内部によく似た造りになっていました。多くの人々を死刑にした悪名高い検事のフーキエ=フォト★2526④《アンドレア・シェニエ》1cKaren-Almond/Metropolitan-Operaタンヴィルが裁判所の一番上で仕切っている様子など、革命劇を見ているようでした。最後に断頭台に向かう直前にシェニエとマッダレーナが歌う場面(二重唱<君のそばにいると>は、熱情と悲痛の入り混じった素晴らしく感動的な歌声でした!)(左写真)では、二人の背景にある大きな石柱の土台に「自由(LIBERTÉ)」という文字が刻まれていて、その真ん中に血が流れていて、まさに「ヴェリズモ」を反映した舞台装置になっていました(他にもマラーの石像がさりげなく背景にあったり、革命歌「サ・イラ」や「カルマニョール」が流れていたり、史実が巧みに挟み込まれていました)。

もちろん、オペラとしても聴きどころ満載で、1幕目のシェニエのアリア<ある日青空を眺めて>や、マッダレーナの<亡くなった母を>も良かったのですが、特にジェラールの<祖国の敵>および、ジェラールが「愛」を情熱的に歌い上げるところが非常に印象に残りました。バリトン歌手が「愛」を歌うのはあまりないことだと、ジェラール役のゴロバテンコ自身がインタヴューで言っていました。役どころとしても、ロマンティックで純粋一辺倒なシェニエよりも、貴族への憎しみを抱いて召使から革命政府の幹部となるジェラールの方が、その心の動きが様々に変わり、人間らしさが感じられました。彼が、昔の主人の娘マッダレーナに恋し、さらに強い情欲を抱いて彼女に迫るものの、彼女のシェニエへの真実の愛に触れて二人を助けようとする、という彼の複雑な気持ち(さらに血なまぐさい恐怖政府時代になって、初めに抱いた革命の大義が揺らいできている彼の様子も含めて)が、バリトンの響き渡る声で歌われていました。もう一人、密偵役のブレントン・ライアンがそのずる賢く、シニカルな目つきでいい味をだしていました。

ライブビューイング映画は、幕間には楽屋裏を見せてくれたり、歌手へのインタビューなどがあって、レクチャーコンサートのような趣きで、オペラ素人の私には非常に役に立っています。ただ、3時間を越える上映時間(休憩時間を2回挟む)は、結構疲れました。

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