東京の新国立劇場にバレエ公演『マノン』を見に行ってきました(プログラム表紙)。英国ロイヤルバレエの芸術監督であったケネス・マクミラン振付による「ドラマティック・バレエ」で、解説者の長野由紀によれば、伝統的なバレエが妖精や白鳥の化身といった現実とはかけ離れたヒロインを扱ってきたのに対し、『マノン』では「それまでバレエの素材と見なされていなかった性や暴力、抑圧といったテーマ」が取り上げられています。したがって、主人公二人が初めて出会う宿屋の場面では、着飾った富裕階級の男性や高級娼婦たちの他に、ぼろを纏った物乞いなど下層階級の民衆も登場します。最後にマノンがアメリカの植民地に送られる場面でも、過酷な状況に置かれた「娼婦」たちの疲労困憊した様子が赤裸々に描かれていました。また、放蕩貴族GMに囲われたマノンがGM主催のパーティーに登場する場面では、マノンは豪華な衣装に高価な装身具をつけて登場しますが、男たちが横にずらっと並び、マノンの体が男たちの手から手へと投げ渡される振り付けがなされていました。それは、マノンが「商品」として男たちの間で流通していること、彼女の肉体がモノ扱いされていることが示されているように思いました。流刑地でマノンが看守の慰み者になる場面では、性的にかなり露骨な振り付けがなされていました。
マノン役のバレリーナは米沢唯でしたが、重力を感じさせない軽いしなやかな身ごなしで、さらにパートナーの井澤駿に支えられて上昇したり下降したりして、二人の運命の変転が表されていました。最後の沼地でマノンが死ぬ場面では、前景中央に倒れたマノンを抱きかかえるデ・グリューがいて、その背後に煙幕が焚かれ、人物たちが幻のように動き回っていて、非常に幻想的な光景でした。
今回のバレエ公演では、Webでの謳い文句では「愛し合いながらもひたすら破滅へと落ちてゆく若い二人のドラマ」とあり、とりわけマノンはならず者の兄レスコーに引きずられて娼婦の道に進んだ、言わば犠牲者に近い形で描かれています。アベ・プレヴォーの原作も愛情至上主義に基づいているものの、むしろ贅沢好きのマノンの気まぐれで奔放な性格が強調され、それが彼女の一番の魅力の源でした。バレエではそうした要素はあまり見られません。その分、兄のレスコーの悪役としての役割が大きくなり、原作にはないレスコーの愛人も登場し、二組のカップルが対照的に描かれていました。
ともあれ、オーケストラの奏でるマスネの悲壮なメロディーと、アクロバティックな踊りや美しいなめらかな動きを堪能できた一時でした。なお、プログラムの解説として、「マノンは果たして「悪女」なのか」というタイトルで拙文が掲載されています。